観光地を歩いていると、古い建物を活用した飲食店をよく見かけます。
古民家カフェ、町家を改装したレストラン、昔ながらの商家を使った蕎麦店。
こうした店には、新しくつくられた店にはない魅力があります。
太い梁が見える天井。
長い年月を感じる大黒柱。
昔から使われてきた建具や欄間。
店の歴史を感じさせる古い看板。
今では使われていない黒電話。
私たちは、こうしたものを見ると、
「いい雰囲気だな」
「歴史を感じるな」
「昔からある店なんだな」
と感じます。
ところが、不思議なことがあります。
同じように古い店なのに、「味のある店だな」と思う店もあれば、「なんだか古臭いな」と感じる店もあります。
この違いは、どこにあるのでしょうか。
お客様は「古いもの」が好きなのか?
古民家カフェが人気なのを見ると、お客様は古いものが好きなようにも思えます。
しかし、本当にそうでしょうか。
例えば、古民家カフェへ行って、
Wi-Fiがある。
エアコンが効いている。
トイレはきれい。
キャッシュレスで払える。
だからといって、「こんなの古民家じゃない」と不満に思う人は、ほとんどいないでしょう。
むしろ、歴史を感じる空間でありながら、快適に過ごせるからこそ、その時間を楽しむことができます。
つまり、お客様が求めているのは、昔の生活そのものではありません。
昔の生活が持っていた不便さまで体験したいわけでもありません。
お客様は、古さから感じられる「歴史」や「物語」を楽しんでいるのです。
「見る古さ」と「不便を感じる古さ」は違う
例えば、大黒柱。
多少傷がついていても、それが長い年月を感じさせます。
梁や欄間、昔の建具も同じです。
古い看板や黒電話が残っていれば、「昔はこれを使っていたんだな」と店の歴史を想像できます。
こうした古さは、お客様が見て楽しめる古さです。
一方で、
トイレが使いづらい。
夏なのに暑い。
冬なのに寒い。
椅子が座りづらい。
照明が暗くてメニューが読みにくい。
これらも確かに「古さ」から生まれていることがあります。
しかし、こちらはお客様が歴史として楽しむ古さではありません。
お客様自身が負担しなければならない古さです。
お客様は歴史を体験したいのであって、昔の生活の不便まで体験したいわけではありません。
ここに、「味のある店」と「古臭い店」を分ける大きな境界線があります。
見た目には歴史を残し、使い勝手は現代に合わせる
京都のお寺などを考えると、とても分かりやすいと思います。
古い柱、梁、庭、襖、欄間。
何百年という時間を感じられることそのものが、大きな価値になっています。
だからといって、観光客が利用するものまで、すべて何百年前と同じである必要はありません。
現代の人が快適に利用できる設備があるからこそ、歴史ある空間を気持ちよく楽しむことができます。
飲食店も同じです。
見た目には歴史を残す。
使い勝手は現代に合わせる。
この考え方が、とても大切なのではないでしょうか。
新しい店は、お金を払って「古さ」を買っている
ここで、少し面白いことが起きています。
最近の新しい飲食店を見ると、わざわざ古材を使ったり、アンティーク家具を買ったり、古い建具を探してきたりしています。
新しい建物なのに、あえて昔からそこにあったような空間をつくる店もあります。
つまり、
新しい店は、お金を払って「古さ」を手に入れようとしているのです。
ところが老舗では、反対のことが起きることがあります。
「もう古いから」という理由で改装し、
昔からあった大黒柱を隠す。
古い建具を捨てる。
昔の看板を処分する。
欄間を取り外す。
そして、すべてを新しくする。
確かに店はきれいになります。
しかし同時に、その店にしかなかったものまで失われてしまうことがあります。
新しい店がお金を払って手に入れようとしている「歴史」を、老舗がお金を払って捨ててしまう。
これは、とてももったいないことです。
古さは「編集」する
だからといって、古いものをすべて残せばいいわけではありません。
重要なのは、「古いか、新しいか」ではなく、
「この古さは、お客様にとって価値なのか」
という視点です。
大黒柱は残す。
梁も見せる。
昔の看板も、きれいにして飾る。
古い電話も、店の歴史として置いておく。
一方で、
トイレは新しくする。
空調は快適にする。
照明は見やすくする。
椅子は座りやすくする。
決済方法も現代のお客様に合わせる。
つまり、古い店に必要なのは、古さを守り続けることでも、すべてを新しくすることでもありません。
古さを編集することです。
観光地そのものも「古さ」を編集している
これは一軒の飲食店だけの話ではありません。
観光地でも同じことが起きています。
私たちは観光地へ行くと、「昔の町並みが残っている」と感じます。
しかし、実際には町全体が昔のまま残っているわけではありません。
歴史的な建物を残す。
町並みに合った外観をつくる。
看板や建物の見せ方を整える。
そして現代の人が利用しやすいように、必要なところは変えていく。
そうやって「その土地らしさ」がつくられています。
観光地の飲食店も同じではないでしょうか。
昔のままだから価値があるのではありません。
何を残し、何を変え、どう見せるのか。
そこに経営者の仕事があります。
「古さ」を守るのではなく、「価値」を守る
特に、長く続いてきた店を引き継いだときには、この判断が重要になります。
「古いから全部変えよう」ではありません。
反対に、「先代から続いているから何も変えてはいけない」でもありません。
一度、店の中をお客様の目線で見てみる。
この柱はどう見えるだろう。
この看板はどう感じるだろう。
この建具には物語があるだろうか。
そして同時に、
このトイレはどう感じるだろう。
この椅子は快適だろうか。
この暑さや寒さを、お客様はどう感じるだろう。
そうやって一つずつ考えていく。
残すべきなのは「古さ」ではありません。
お客様がそこから感じる「価値」です。
歴史を感じるものは、大切に残す。
不便を感じるものは、現代に合わせて変える。
古い店が「古臭い店」になるのか。
それとも「味のある店」になるのか。
その違いは、築年数ではありません。
何を残し、何を変えてきたのか。
そこに、その店の経営姿勢が表れるのだと思います。
原島 純一の視点
長く続いてきた飲食店には、新しい店がお金を出しても簡単には手に入れられないものがあります。
それは、時間です。
大黒柱についた傷も、昔の看板も、古い建具も、その店が何十年と営業してきたからこそ存在しています。
しかし、長く店にいると、それが当たり前の景色になってしまいます。
だからこそ、改装するときには「古いから変える」のではなく、一度立ち止まって考えてほしいと思います。
これは単なる古さなのか。
それとも、この店にしかない歴史なのか。
歴史を感じるものは残し、不便を感じるものは変えていく。
私は、老舗に必要なのは「古い店を新しくすること」ではなく、その店にしかない時間の価値を残しながら、今のお客様が快適に過ごせる店へ磨き直していくことだと考えています。
