「あの店で食べたい」が、地域へ行く理由になる――鶴岡・アル・ケッチァーノから考える

観光地に来た人に、自分のお店を選んでもらう。

観光地の飲食店にとって、大切な集客の考え方です。でも、飲食店にはもう一つの力があります。

「あの店で食べたい」と思った人が、その地域まで足を運ぶ。

お店そのものが、旅に出る理由になるのです。

山形県鶴岡市のイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」の歩みには、その可能性を考えるヒントがあります。

目次

地元の食材が「食べに行きたい料理」になる

奥田政行氏が、鶴岡でアル・ケッチァーノを開業したのは2000年。庄内の在来野菜や魚介などを使った「地場イタリアン」を打ち出しました。

この事例から考えたいのは、地域の食材を、お客様が食べたくなる料理に変えることです。

地元の人にとっては、昔から食卓に並んでいた野菜かもしれません。近くの海で揚がる、見慣れた魚かもしれません。

それでも、調理の仕方や組み合わせ、提供の仕方によって、その食材に初めて出会うような驚きは生まれます。

「こんな味がするんだ」
「この土地には、こんな食材があったんだ」

その発見が、食事の記憶になります。

地元産であることは、料理の背景です。その背景も含めて「食べてみたい」と思える一皿にするところに、飲食店の仕事があります。

一軒のお店の魅力が、地域への関心を広げる

トラベルボイスのコラムでは、アル・ケッチァーノが注目されるなかで、若い生産者や料理人が鶴岡へ戻る動きが生まれ、自治体も食文化を生かした地域づくりに取り組んでいったと紹介されています。

在来作物の研究なども積み重なり、鶴岡市は2014年、ユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野で日本初の加盟都市になりました。

もちろん、一軒のお店だけで地域の食文化がつくられたわけではありません。食材を育てる人、受け継ぐ人、研究する人、料理する人。それぞれの積み重ねがあります。

そのなかで飲食店は、地域の魅力を、お客様が実際に味わえる場所になれます。

料理を食べて食材に興味を持つ。生産者の話を聞いて、その土地をもっと知りたくなる。別の季節には何が食べられるのか、気になってくる。

一皿との出会いから、地域への関心が広がっていく。ここに、食を目的とする旅の面白さがあります。

「地元産を使っています」の、もう一歩先へ

この話は、著名な料理人や特別なレストランだけのものとして読むには、もったいないと思います。

自店のメニューにも、土地とのつながりがあるはずです。

昔から仕入れている魚。近くの農家が届けてくれる野菜。地域で親しまれてきた味付け。先代から続く調理のひと手間。

ただ、店側が当たり前だと思っていることは、お客様に伝わっていないこともあります。

例えば、メニューに「地元野菜の盛り合わせ」と書かれているだけでは、どんなおいしさに出会えるのか、想像しにくいかもしれません。

どんな野菜なのか。今の時期に食べると、何がおいしいのか。なぜ、この調理法で出すのか。

食べる楽しみにつながる説明が加わると、産地の情報が「注文する理由」に変わります。

難しい解説は必要ありません。料理が運ばれてきたときの一言でも、その一皿への関心は変わります。

お客様が持ち帰るのは、料理の味と、その時間

飲食店で過ごした記憶には、料理以外のものも残ります。

窓から見えた風景。スタッフとの会話。食材について教えてもらったこと。一緒に食べた人が、おいしそうにしていた表情。

そうした時間が重なると、「おいしかった」が「また、あそこへ行きたい」に育っていきます。

次は違う季節に訪れたい。今度は家族を連れていきたい。友人にも、この店を教えたい。

飲食店が提供する時間と体験は、次の旅のきっかけにもなるのです。

その体験をお客様自身の言葉で誰かに話してもらえれば、お店を知らなかった人にも、訪れる理由が届きます。

アル・ケッチァーノの歩みを知ると、飲食店の可能性を改めて感じます。

一軒のお店に行きたいという気持ちが、その土地へ向かう理由になる。

自店の看板料理を育てることは、地域を訪れる理由を一つ増やすことにもつながっているのだと思います。


参考:トラベルボイス「山形・鶴岡がユネスコ『食文化創造都市』に認定された理由、ガストロノミーツーリズムを育てた料理人と地域の力」(柏原光太郎氏、2026年10月9日)

※事例の事実関係は上記記事を参照。自店の料理・接客・発信への応用は、本稿の考察です。

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