なぜ日本のうどんは、地域によって「硬さ」がこんなに違うのか?

うどんのおいしさを表現するとき、

「コシがある」

という言葉をよく使います。

しっかりした弾力がある。

噛むと押し返してくる。

そんなうどんを食べて、

「やっぱり、うどんはコシが大事だよね」

と思う人も多いでしょう。

ところが、日本各地のうどんを見てみると、この「常識」が通用しない地域があります。

香川の讃岐うどんは、強いコシが特徴です。

山梨県富士吉田市の「吉田のうどん」は、さらに強烈な硬さと噛み応えがあります。

一方、三重県の伊勢うどんは、極太なのに驚くほど柔らかい。

福岡・博多のうどんも、柔らかな麺が地域の味として親しまれています。

同じ日本。

同じうどん。

それなのに、

「おいしいうどん」の基準が正反対なのです。

なぜなのでしょうか。

調べてみると、単なる地域の好みだけでは説明できない背景が見えてきました。

製法。

織物産業。

参宮客。

商人の暮らし。

提供方法。

地域によって違う暮らしの中で、それぞれ違ううどんが生まれ、何世代にもわたって食べ続けられてきた。

そしていつしか、

料理だけではなく、「おいしい」という感覚そのものまで地域文化として育っていったのではないか。

今回は、うどんの「硬い・柔らかい」から、地域によって異なる「おいしい」について考えてみます。

目次

讃岐では「コシ」が、うどんのおいしさになった

まず、香川県の讃岐うどんです。

讃岐うどんと聞いて、多くの人が思い浮かべる特徴の一つが、

強いコシ

ではないでしょうか。

ツルツルとした表面。

モチモチとした食感。

噛むと感じる弾力。

香川県の公式観光情報でも、讃岐うどんの特徴として、この独特のコシが紹介されています。

では、なぜ讃岐うどんにはコシがあるのでしょうか。

その背景には製法があります。

生地の状態を見ながら、水や塩を調整する。

生地を寝かせる。

足で踏み、鍛える。

延ばす。

切る。

こうした工程の積み重ねによって、讃岐うどん独特の食感が作られてきました。

ただ、今回考えたいのは、

「どうやってコシを作るのか」

だけではありません。

もっと面白いのは、

なぜ香川では、そのコシを「おいしい」と感じる文化が育ったのか

ということです。

技術が磨かれれば、「おいしい」の基準も磨かれていく

讃岐うどんについては、

「○○という出来事があったから、硬いうどんになった」

と単純に説明できる歴史があるわけではなさそうです。

むしろ長い時間をかけて、

もっと良い麺を作る。

水や塩を調整する。

生地を鍛える。

茹で方を工夫する。

そんな技術が地域の中で磨かれてきた。

そして、

ツルツル、モチモチ、しっかりしたコシ

という讃岐うどんらしい食感が生まれていった。

地域の人たちは、それを繰り返し食べる。

すると、

「うどんとは、こういうもの」

という感覚が作られていきます。

つまり讃岐では、

コシを生み出す技術が磨かれると同時に、コシを楽しむ食文化も育っていった

と考えることができそうです。

※讃岐うどんの製法やコシについては、香川県などの公式観光情報を参考にしています。

吉田のうどんは、「コシ」を通り越して硬い

次は山梨県富士吉田市です。

富士吉田の「吉田のうどん」を初めて食べると、その食感に驚く人も多いと思います。

讃岐うどんにもコシがあります。

しかし吉田のうどんは、

「コシが強い」というより「硬い」

と表現したくなるほどの噛み応えがあります。

太い麺をしっかり噛んで食べる。

地域によっては、

「こんなに硬くていいの?」

と思われるかもしれません。

しかし富士吉田では、それが地域を代表するうどんです。

では、なぜこれほど硬いうどんになったのでしょうか。

硬さの向こう側に「織物の街」が見えてくる

富士吉田は、古くから織物産業が盛んな地域でした。

農林水産省や富士吉田市の観光情報では、この織物産業と吉田のうどんとの興味深い関係が紹介されています。

昭和初期、織物産業が盛んだった時代。

機織りを担っていたのは主に女性でした。

女性が仕事の手を止めなくて済むように。

そして、絹糸を扱う手を荒らさないように。

男性が昼食としてうどんを作ることがあったとされています。

男性が力強く生地を練る。

腹持ちの良いものにする。

その結果、

非常に硬く、強いコシを持つうどんになった

という背景が紹介されています。

これが本当に面白い。

麺の硬さに、地域産業が入り込んでいる

もし富士吉田が織物の街ではなかったら。

もし家庭の中での仕事の役割が違っていたら。

現在の吉田のうどんとは違うものになっていた可能性もあります。

つまり、

織物産業
↓
女性が機織りを担う
↓
男性が昼食を作る
↓
力強くうどんを練る
↓
硬く、噛み応えのある麺になる

というつながりが見えてきます。

以前、へぎそばを調べたときにも、織物産業が登場しました。

へぎそばでは、織物に使われていた「ふのり」が、そばのつなぎとして使われました。

今度は富士吉田。

同じ織物産業でも、

家庭で誰がうどんを作るのか

という暮らしに影響し、それが麺の硬さにつながっている。

産業は工場の中だけにあるものではありません。

そこで働く人たちの生活を変え、食文化にまで影響することがあります。

※吉田のうどんと織物産業との関係については、農林水産省、富士吉田市観光情報などを参考にしています。

ところが伊勢へ行くと、「柔らかい」ことがおいしくなる

ここから、世界が完全に逆転します。

三重県伊勢市の伊勢うどんです。

太い。

非常に太い。

ところが食べてみると、

驚くほど柔らかい。

讃岐や吉田のうどんを「おいしいうどん」の基準にしている人なら、

「茹ですぎでは?」

と思ってしまうかもしれません。

しかし、もちろん茹で方を失敗したわけではありません。

柔らかいこと自体が、伊勢うどんの特徴です。

そして、その柔らかさにも伊勢という土地の歴史が関係しています。

大勢の参宮客を待たせないために、茹で続けた

江戸時代、伊勢神宮への「お伊勢参り」が盛んになりました。

全国各地から、多くの人が伊勢を訪れます。

当然、食事をする人も大量にやって来ます。

そこで問題になるのが、

どうやって大勢のお客様へ、すぐ料理を提供するか。

農林水産省の情報では、大勢の参宮客を待たせず提供できるよう、麺を常に茹で続け、注文が入るとすぐに取り出して、たまり醤油などを使ったタレをかけて提供していたと紹介されています。

長時間茹でる。

だから柔らかくなる。

でも、注文が入ればすぐ出せる。

しかも長い旅をしてきた参宮客にとって、柔らかいうどんは食べやすかったともいわれています。

つまり、

参宮客が大量に来る
↓
待たせず提供したい
↓
麺を茹で続ける
↓
注文後すぐ提供できる
↓
非常に柔らかいうどんになる

という流れです。

「柔らかさ」は弱点ではなく、観光地の工夫だった

これを知ると、伊勢うどんの見え方が変わります。

全国共通の基準で、

「コシが弱い」

と評価してしまえば、それまでです。

しかし、その背景を知ると、

柔らかさそのものが、伊勢という観光地で多くの参宮客を迎えてきた歴史の一部

だと分かります。

お客様を待たせない。

すぐに食べられる。

旅で疲れていても食べやすい。

現在なら、

「提供時間を短縮するためのオペレーション改善」

と呼ぶかもしれません。

しかし何百年も前から、観光地では同じことを考えていた。

そして、その営業上の工夫が長い時間を経て、

伊勢独自の「おいしい」

になったのです。

※伊勢うどんと参宮客、提供方法との関係については、農林水産省などの公式情報を参考にしています。

博多でも、柔らかいうどんが愛されている

そして福岡・博多です。

博多うどんも、讃岐とは対照的な柔らかい麺で知られています。

ふわっとしている。

柔らかい。

だしを含んだ麺を、するすると食べる。

ここでも、

「うどんはコシが命」

という基準では説明できません。

福岡県の公式観光情報では、博多うどんの柔らかさについて、

忙しい博多商人がすぐに食べられるよう、麺を茹で置きしていたため

といわれていることが紹介されています。

ここでもまた、

スピード

が登場します。

ただし伊勢とは、理由が少し違います。

伊勢は「待たせない」、博多は「早く食べたい」

伊勢では、

大勢の参宮客を待たせず提供する。

博多では、

忙しい商人が、すぐ食べられる。

同じ「柔らかいうどん」でも、背景が違います。

伊勢では、訪れる人を迎える観光地の事情。

博多では、商人の街の暮らし。

どちらも、

早く提供できること

が重要だった。

そのために茹で置きする。

麺が柔らかくなる。

そして地域の人たちが、そのうどんを長く食べ続ける。

すると、

柔らかいうどん=おいしいうどん

という地域の食文化になっていく。

ここまで見てくると、

「硬い・柔らかい」は単なる麺の好みではないことが分かってきます。

その後ろには、

その街で、誰が、どのように暮らしていたのか

があるのです。

※博多うどんの特徴や茹で置きと商人文化との関係については、福岡県公式観光情報などを参考にしています。

4つのうどんを並べると、「おいしい」が正反対になる

ここまで4つの地域を見てきました。

讃岐うどん。

コシを生み出す製法が磨かれ、その弾力を楽しむ文化が育った。

吉田のうどん。

織物産業と暮らしの中から、しっかり噛んで食べるほど硬いうどんが育った。

伊勢うどん。

多くの参宮客を待たせず提供するため、長く茹でた柔らかいうどんが育った。

博多うどん。

忙しい商人がすぐに食べられるよう、茹で置きした柔らかいうどんが地域に根付いたといわれています。

同じ「うどん」です。

ところが、

讃岐・吉田では、しっかりした食感が魅力になる。

一方、

伊勢・博多では、柔らかさが魅力になる。

もし「うどんはコシが強いほどおいしい」という全国共通の基準があるのなら、こんなことは起こらないはずです。

では、なぜなのでしょうか。

「お袋の味」がおいしいのと、少し似ているのかもしれない

私は、これはよく言われる「お袋の味」にも少し似ているのではないかと思います。

子どもの頃から食べてきた料理があります。

何度も食卓に並ぶ。

家族も食べる。

自分にとって、それが普通の味になる。

世界中の料理を食べ比べて、

「これが最も優れた味だから好きになった」

わけではありません。

食べ慣れた味が、自分にとっての「おいしい」の基準の一つになっていく。

地域の食文化にも、似たことが起きているのではないでしょうか。

その土地で食べられているうどんを、子どもの頃から食べる。

家族も食べる。

近所の人も食べる。

店へ行っても、そのうどんが出てくる。

それが何世代も続く。

すると、

「うどんとは、こういうもの」

という地域の常識が作られていきます。

地域によって料理が違うだけではない。「おいしい」まで違う

だから香川では、

「うどんにはコシがある」

ということが当たり前になる。

富士吉田では、

「うどんは、しっかり噛んで食べるもの」

になる。

伊勢では、

「太くて柔らかいうどん」

が地域の味になる。

博多では、

「ふわっと柔らかいうどん」

に親しんで育つ。

つまり、

地域によって料理が違うだけではありません。

何世代にもわたって同じ食文化の中で暮らすことで、

「何をおいしいと感じるのか」という基準そのものも、地域の暮らしの中で育っていく。

そう考えると、日本各地のローカルフードの違いが、とても分かりやすくなります。

全国共通の物差しで評価すると、地域文化を見誤る

この視点は、地域の料理を見るときにとても大切だと思います。

例えば伊勢うどんを食べて、

「コシがないから、おいしくない」

と評価する。

反対に吉田のうどんを食べて、

「硬すぎるから、もっと柔らかくしたほうがいい」

と考える。

全国共通の商品開発という視点だけなら、そういう改善もあるのかもしれません。

しかし地域文化として考えると、話は違います。

その柔らかさだから伊勢うどんであり、その硬さだから吉田のうどんなのです。

しかも、その違いには地域の歴史があります。

伊勢の柔らかさの向こうには、多くの参宮客を迎えてきた歴史がある。

吉田の硬さの向こうには、織物産業と地域の暮らしがある。

単に食感だけを全国平均へ近づけてしまったら、

料理と一緒に、その土地らしさまで薄くしてしまう可能性があります。

和食が全国展開しにくい理由も、ここにあるのかもしれない

この地域差は、飲食店経営を考えても興味深いものがあります。

和食は、地域によって「普通」がかなり違います。

うどんの硬さ。

そばのつゆ。

だし。

醤油。

味噌。

同じ料理名でも、地域が変われば味の基準が変わる。

ある地域では、

「これが普通」

と思われているものが、別の地域では、

「ちょっと違う」

となることがあります。

だから私は、和食というのは、全国でまったく同じ商品を展開することが難しい料理でもあると考えています。

しかし、だからといって、

全国で受け入れられるように地域性を薄めればいい

とも思いません。

むしろ逆の方法もあります。

地域の「おいしい」を、分かりやすい体験にする

例えば讃岐うどんを考えてみます。

全国で受け入れられるように、

「地域によって麺の硬さを変えよう」

「誰にでも合うようにコシを弱くしよう」

とする方法もあるでしょう。

しかし実際には、讃岐うどんという文化を前面に出しながら、全国へ広がった業態があります。

店内で麺を打つ。

茹でたてを提供する。

目の前でうどんを受け取る。

揚げたての天ぷらが並ぶ。

好きなものを選ぶ。

ねぎや天かすなどの薬味を自分で加える。

こうした店を見ると、単に、

「讃岐風の硬いうどんを全国で売った」

というだけではないように感じます。

讃岐うどんを食べる楽しさそのものを、初めての人にも分かりやすい店舗体験にした。

そんな見方もできるのではないでしょうか。

ローカルフードではなく、「楽しむ体験」を標準化する

ここは、とても面白いところです。

地域によって「おいしい」が違うのであれば、ローカルフードそのものを全国平均へ近づける方法には限界があります。

しかし、

どう作るのか。

どう注文するのか。

何と一緒に食べるのか。

自分で何を選べるのか。

どんな状態で提供するのか。

そうしたものを整理して、

「この料理は、こう楽しむとおいしい」

という体験を分かりやすくすることはできます。

つまり、

ローカルフードそのものを標準化するのではなく、ローカルフードを楽しむ体験を標準化する。

私は、地域性の強い料理を地域外へ広げる方法の一つとして、そんな考え方もできるのではないかと思います。

地域性を消すのではありません。

むしろ、

その料理の「らしさ」を明確にして、知らない人にも楽しめる形にする。

そうすれば、地域性は弱みではなく、他の地域の人にとっての新しい食体験になります。

そして「本場で食べてみたい」が生まれる

さらに面白いのは、その地域料理を地元以外で知った人が、

「本場では、どんな味なんだろう?」

と思うことです。

近所で讃岐系のうどんを食べる。

コシのある麺のおいしさを知る。

讃岐うどんという名前を覚える。

そして香川へ旅行するとき、

「せっかくだから、本場のうどんを食べてみたい」

と思う。

地域の食文化が外へ広がることは、本場の価値を薄めるだけではありません。

むしろ、その文化を知る入口が増えることで、

本場へ行ってみたいという興味を生むこともある。

地域から全国へ。

そして全国から、もう一度地域へ。

そんな流れも考えられます。

旅先では、その土地の「おいしい」を食べてみたい

そして最後は、やはり旅の話に戻ります。

香川へ行ったら、コシのある讃岐うどんを食べる。

富士吉田へ行ったら、

「硬い!」

と思いながら吉田のうどんを噛んでみる。

伊勢へ行ったら、

「こんなに柔らかいんだ」

と驚きながら伊勢うどんを食べる。

博多へ行ったら、ふわっと柔らかなうどんとだしを味わう。

もし日本中のうどんが、

同じ太さ。

同じ硬さ。

同じ味。

だったら、旅先で食べ比べる楽しさはありません。

違うから、食べてみたい。

そして、

「なぜ、こんなに違うんだろう?」

と調べると、その後ろから街の歴史や暮らしが見えてくる。

その土地の人たちの「おいしい」を体験する

ローカルフードを食べることは、その土地の名物を一品食べることだけではないのだと思います。

その土地の人たちが、

何十年。

何百年。

何世代にもわたって食べてきたものを、自分も食べてみる。

つまり、

その土地の人たちが育ててきた「おいしい」を、少しだけ体験させてもらう。

それが旅先でローカルフードを食べる面白さなのではないでしょうか。

硬いうどんが正解でもない。

柔らかいうどんが正解でもない。

その土地では、それがおいしい。

そして、その違いを実際に食べて体験できること自体が、地域の魅力になります。

風土や産業、暮らしから料理が生まれる。

食べ続けることで、その地域の「普通」になる。

何世代も続くことで、「おいしい」の基準になる。

やがてローカルフードとして知られる。

そして、

「その土地の『おいしい』を体験してみたい」

と外から人が訪れる。

地域によってうどんの硬さが違う。

一見すると、それだけの話です。

しかし、その違いの中には、

地域の暮らしが食文化をつくり、食文化が「おいしい」をつくり、その違いがやがて観光資源になっていく。

そんな地域と食の関係が見えてくるのだと思います。

目次