新しい名物を作る前に、昔からある「食べる理由」を掘り起こす

「観光客に選ばれる商品を作りたい」と考えたとき、多くの店がまず考えるのは、新しい商品です。

新しい丼。

新しいスイーツ。

新しいご当地グルメ。

もちろん、それが必要なこともあります。

でも、観光地の場合、本当に必要なのは「新しい料理」なのでしょうか。

奈良の取り組みを見ていると、少し違うように思います。

目次

「奈良にうまいものなし」という言葉

奈良には昔から、「奈良にうまいものなし」という言葉があります。

この言葉は、志賀直哉が1938年の随筆『奈良』に書いた「食ひものはうまい物のない所だ」という一文に由来するとされています。

ただ、同じ随筆では豆腐や肉、蕨粉などについても触れており、その一文だけが後世に強く残ったとも言われています。

観光地としての奈良には、誰もが思い浮かべるものがあります。

東大寺。
春日大社。
奈良公園。
飛鳥。
藤原京。

歴史については、これほど強い地域はなかなかありません。

ところが、

「奈良で何を食べる?」

と聞かれると、京都や大阪ほど、すぐにいくつもの食べ物が浮かばない人もいるかもしれません。

でも、奈良の食の歴史を少し掘ってみると、まったく違う景色が見えてきます。

奈良に食がなかったのではなく、今の旅行者に伝わる形になっていなかっただけなのかもしれません。

1300年前の食文化を、今食べられるものにする

奈良市の「鹿猿狐ビルヂング」では、2026年9月18日から11月30日まで、5周年企画の第3弾として「古代の秋を、いただきます」が開催されています。

テーマは、古代の奈良を「食」で体験すること。

古代米の餅つきをはじめ、奈良の食の歴史や秋の恵みを「知る」「つくる」「味わう」という形で体験できる企画です。

私が面白いと思ったのは、昔の料理をそのまま再現しようとしているわけではないことです。

たとえば、奈良県産はちみつを使ったホットケーキ。

『日本書紀』には、百済の王子が三輪山にミツバチを放ち、養蜂を試みたという記述があります。

その奈良と養蜂の歴史が、今の人が普通に楽しめるスイーツにつながっています。

ほかにも、奈良・正暦寺に伝わる酒造りの技「菩提酛」で仕込んだ日本酒や、大和橘を使った飲み物などがあります。

つまり、1300年前の食文化を、そのまま食べさせようとしているのではありません。

昔からあるものを、今の人が「食べてみたい」「飲んでみたい」「体験してみたい」と思える形に翻訳している。

ここが、とても面白いと思いました。

新しく作っているようで、実は新しく作っていない

観光地では、よく「新しい名物を作ろう」という話が出ます。

地域の食材を使った丼を作る。

新しいスイーツを作る。

ご当地○○を作る。

もちろん、それが成功することもあります。

ただ、ゼロから名物を作るのは簡単ではありません。

商品だけではなく、

「なぜ、この土地でこれを食べるのか」

という理由まで作らなければならないからです。

今回の奈良の取り組みは、その逆です。

先に理由があります。

養蜂の歴史がある。
酒造りの歴史がある。
古代から受け継がれてきた素材がある。
この土地で積み重なってきた暮らしがある。

その上で、今の時代の商品へ変えている。

だから、新しい商品なのに、その後ろには何百年、何千年という時間があります。

これは観光地の商品として、とても強いと思います。

旅行者が食べているのは、料理だけではない

観光地の飲食店を見ていて感じることがあります。

旅行者は、単純に空腹を満たすためだけに店を選んでいるわけではありません。

「ここまで来たから、これを食べたい」

という気持ちがあります。

同じホットケーキでも、「奈良県産はちみつを使っています」だけなら素材の説明です。

でも、

「奈良には、こんなに古くから養蜂の歴史がある」

と知れば、食べる意味が少し変わります。

同じ日本酒でも、奈良の酒造りの歴史につながっていると知れば、ただの一杯ではなくなります。

料理の価値に、その土地が積み重ねてきた時間が加わる。

観光地の商品づくりでは、ここが大きいと思います。

ただ「歴史があります」だけでは届かない

一方で、「昔からあります」と説明するだけでは、旅行者にはなかなか届きません。

歴史が長ければ売れるわけでもありません。

古文書を説明すればいいわけでもない。

伝統をそのまま置いておけばいいわけでもない。

大切なのは、昔からある価値を、今の人が分かる形にすることです。

今回なら、

養蜂の歴史 → ホットケーキ
酒造りの歴史 → 日本酒
大和橘 → 今の飲み物
古代米 → 餅つき体験

という形になっています。

だから、奈良の歴史を詳しく知らなくても楽しめます。

まず食べる。

まず飲む。

まず体験する。

そこから、

「へえ、奈良ってこんな食文化があったんだ」

と知る。

この順番がいいのだと思います。

店に歴史がなくても、地域には歴史がある

こういう話をすると、

「うちは創業100年でもないし、そんな歴史はありません」

と思う店もあるかもしれません。

でも、店だけを見る必要はないと思います。

地域まで広げて考えてみる。

  • 昔、この土地では何を食べていたのか
  • 祭りの日には何を食べていたのか
  • どんな魚が獲れていたのか
  • どんな野菜が育てられてきたのか
  • 街道を歩いた人は何を食べていたのか
  • 寺社と食にはどんな関係があったのか
  • どんな保存食が残っているのか
  • 祝い事には何を出していたのか

そう考えていくと、材料はかなりあります。

その中から、自分の店の商品とつながるものを探せばいい。

全部を昔の料理に戻す必要はありません。

昔の食文化を、今の店がどう料理するか。

そこに、その店らしさが出るのだと思います。

「奈良にうまいものなし」を、逆から考えてみる

「奈良にうまいものなし」

長い間、奈良の食を語るときについて回ってきた言葉です。

でも、今回の取り組みを見ていると、少し違うことを感じます。

「奈良にもうまいものがあります」と反論しているだけではない。

「奈良には、これだけ食べる理由があります」

と見せている。

私は、こちらのほうが面白いと思います。

名物を作る。

新商品を作る。

映える料理を作る。

その前に、一度、その土地を掘ってみる。

そこには、何百年も前から続く食材があり、習慣があり、物語があり、食べ方があり、誰かが守ってきた技術があるかもしれません。

新しい名物をゼロから作る必要はないのかもしれません。

すでにあるものを、今の旅行者が「食べてみたい」と思える形に変える。

観光地の飲食店が探すべきものは、次の新商品ではなく、
その土地に昔からある「食べる理由」なのかもしれません。

この記事のきっかけになった情報

鹿猿狐ビルヂング 5周年 第3弾イベント「古代の秋を、いただきます」
中川政七商店

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