第一部では、名古屋には昔からの食文化だけでなく、一軒の飲食店の商品から街の名物へ育っていった料理がいくつもあることを見てきました。
台湾ラーメン。
手羽先。
あんかけスパ。
こうした料理を見るだけでも、
名古屋には、新しい料理を生み出し、それを街の食文化へ育てる力があるのではないか。
という疑問が湧いてきます。
ところが、名古屋めしをさらに調べていくと、もっと不思議なものが出てきます。
そもそも名古屋で生まれていないのに、「名古屋名物」として知られるようになったものがある。
これです。
名古屋は、自分たちで新しい料理を生み出すだけではありません。
外から入ってきたものまで取り込み、いつの間にか、
「名古屋へ行ったら食べたいもの」
へ育ててしまう。
ここに、名古屋という街のもう一つの面白さがあります。
天むすは、名古屋生まれではない
代表的なのが、
天むす。
現在では、名古屋名物として紹介されることが多い料理です。
小さなおにぎりの中に、海老の天ぷら。
見た目にも分かりやすく、持ち運びもしやすい。
いかにも名古屋らしい料理に見えます。
ところが、天むすのルーツとして知られているのは、
三重県津市。
つまり、最初から名古屋で生まれた料理ではありません。
それが名古屋へ伝わり、店を通じて知られるようになり、全国へ広がっていった。
その結果、
「天むす=名古屋名物」
というイメージまで形成されました。
これは、かなり興味深い現象です。
普通なら、
「それは三重の料理です」
で終わってもおかしくありません。
しかし名古屋では、地域へ入ってきた料理が街の中で支持され、外へ発信されることで、
名古屋の食文化の一部として認識されるほど育った。
名物は、必ずしも「発祥した場所」だけのものではないことが分かります。
モーニングも「名古屋発祥」と言い切れない
そして、名古屋を代表する食文化として有名なのが、
喫茶店のモーニング。
コーヒーを注文すると、
トースト。
ゆで卵。
サラダ。
店によっては、さらにいろいろなものが付いてくる。
名古屋観光の楽しみとしても定着しています。
ところが、このモーニング文化も、
「名古屋市で生まれた」
と単純には言えません。
有力な発祥地の一つとして知られているのが、愛知県一宮市です。
毛織物産業から、モーニングが生まれた?
一宮は、かつて毛織物産業で大きく発展した街です。
工場では機械が大きな音を立てて動いている。
そこで商談をしようとしても、落ち着いて話ができない。
そのため、繊維関係の人たちが近くの喫茶店を商談場所として利用するようになったとされています。
常連客が朝から来る。
そこで店側が、
コーヒーだけではなく、ゆで卵やピーナツなどをサービスする。
周囲の店も始める。
サービス競争になる。
やがて、
「朝、喫茶店へ行けばコーヒーに何か付いてくる」
という地域文化へ育っていく。
ここでもまた、産業と食文化がつながっています。
毛織物産業
↓
商談場所として喫茶店を利用
↓
店がサービスを付ける
↓
周囲へ広がる
↓
モーニング文化になる
以前、吉田のうどんでも織物産業が食文化へ影響していました。
一宮では、織物産業が喫茶店の使われ方を変えた。
産業が地域の暮らしを変え、その暮らしから食文化が生まれる。
「街から学ぶ」で何度も見てきた構造が、ここにもあります。
それでも「名古屋モーニング」として全国へ知られた
ここが今回のテーマです。
発祥については一宮など複数の説がある。
岐阜にも非常に強いモーニング文化があります。
つまり、正確には、
尾張・岐阜を含む東海圏で育った喫茶店文化
と見るほうが自然でしょう。
それでも全国では、
「名古屋のモーニング」
というイメージが非常に強い。
なぜなのか。
名古屋という大都市に多くの喫茶店があった。
特徴的なサービスが観光客やメディアから注目された。
そして「名古屋めし」という大きな地域ブランドの中に入った。
そうした複数の要因があったのでしょう。
ここでも、
発祥地と、地域ブランドとして広がった場所は必ずしも同じではない
ということが見えてきます。
小倉トーストは、喫茶店文化から生まれた
そして喫茶店文化から生まれた代表的な名古屋名物が、
小倉トースト。
厚めのトースト。
バター。
そこへ小倉あん。
パンという西洋から入ってきた食文化に、日本のあんこを組み合わせる。
今となっては当たり前のように感じますが、考えてみればかなり大胆な組み合わせです。
パン × あんこ。
西洋と日本。
それを喫茶店の商品にする。
そして地域の人たちが食べ続ける。
今では、
「名古屋の喫茶店へ行ったら小倉トーストを食べたい」
という観光客までいます。
ここでも名古屋は、
外から来たものを、そのままにしない。
パンをパンのまま食べるのではなく、地域で親しまれてきた甘味と組み合わせ、新しい商品にする。
第一部で見た名古屋めしと、どこか共通するものを感じます。
ひつまぶしは「料理」だけでなく「食べ方」が名物になった
一方、ひつまぶしは名古屋で育った代表的な食文化です。
鰻の蒲焼をご飯の上にのせる。
しかし、単に鰻丼として食べるだけではありません。
最初はそのまま。
次は薬味を加える。
さらに、だしをかける。
そして最後は、自分が一番気に入った食べ方で楽しむ。
つまり、ひつまぶしの魅力は、
鰻という食材だけではなく、「どう食べるか」まで含めて商品になっている。
ここが面白い。
同じ一杯の中で味を変える。
お客様自身が食べ方を選ぶ。
最後まで飽きずに楽しめる。
食べ方そのものが、商品の価値になっている。
これもまた、名古屋らしい「工夫」の一つなのかもしれません。
そして謎の「名古屋=エビフライ」
さらに面白いのが、
エビフライ。
エビフライ自体は、もちろん名古屋だけの料理ではありません。
全国で食べられています。
発祥が名古屋というわけでもありません。
それなのに、
名古屋=エビフライ
というイメージがあります。
なぜでしょうか。
ここには、メディアによるイメージ形成など複数の要因が指摘されています。
つまり、
料理そのものが地域固有でなくても、街のイメージと結びつけば「地域名物」になり得る。
ということです。
これは非常に面白い。
名物になるためには、
必ずその街で発明されなければならない。
昔から食べられていなければならない。
その土地でしか作れない食材でなければならない。
そんなルールはないのです。
名古屋は「生み出す」だけではなく、「取り込んで育てる」
ここまで見ると、名古屋めしの面白さがさらに見えてきます。
台湾ラーメンのように、
店が新しい料理を生み出す。
手羽先のように、
既存の食材へ新しい価値を付ける。
天むすのように、
周辺地域で生まれた料理を取り込み、さらに広げる。
モーニングのように、
周辺地域を含む生活文化を、大都市の地域イメージとして発信する。
小倉トーストのように、
外から来た食文化と日本の食文化を組み合わせる。
ひつまぶしのように、
料理だけでなく食べ方そのものを価値にする。
エビフライのように、
全国共通の料理まで街のイメージと結びつける。
これだけ違うパターンが、一つの「名古屋めし」という言葉の中に入っています。
だから私は、名古屋の強さは、
名物をたくさん発明したことだけではない
と思うようになりました。
むしろ、
生み出す。取り込む。工夫する。育てる。そして「名古屋のもの」として外へ伝える。
この力が強いのではないでしょうか。
では、なぜ名古屋には、そんな力があるのでしょうか。
東京と大阪の間に位置する巨大都市。
独自の味覚を持つ地域。
ものづくりと商売の街。
そして、地元で新しい商品を育てられる大きな市場。
次の第三部では、料理そのものから少し離れて、
「名古屋という街そのもの」
を見てみたいと思います。のに、なぜ「名古屋名物」になったのか?
第一部では、名古屋には昔からの食文化だけでなく、一軒の飲食店の商品から街の名物へ育っていった料理がいくつもあることを見てきました。
台湾ラーメン。
手羽先。
あんかけスパ。
こうした料理を見るだけでも、
名古屋には、新しい料理を生み出し、それを街の食文化へ育てる力があるのではないか。
という疑問が湧いてきます。
ところが、名古屋めしをさらに調べていくと、もっと不思議なものが出てきます。
そもそも名古屋で生まれていないのに、「名古屋名物」として知られるようになったものがある。
これです。
名古屋は、自分たちで新しい料理を生み出すだけではありません。
外から入ってきたものまで取り込み、いつの間にか、
「名古屋へ行ったら食べたいもの」
へ育ててしまう。
ここに、名古屋という街のもう一つの面白さがあります。
天むすは、名古屋生まれではない
代表的なのが、
天むす。
現在では、名古屋名物として紹介されることが多い料理です。
小さなおにぎりの中に、海老の天ぷら。
見た目にも分かりやすく、持ち運びもしやすい。
いかにも名古屋らしい料理に見えます。
ところが、天むすのルーツとして知られているのは、
三重県津市。
つまり、最初から名古屋で生まれた料理ではありません。
それが名古屋へ伝わり、店を通じて知られるようになり、全国へ広がっていった。
その結果、
「天むす=名古屋名物」
というイメージまで形成されました。
これは、かなり興味深い現象です。
普通なら、
「それは三重の料理です」
で終わってもおかしくありません。
しかし名古屋では、地域へ入ってきた料理が街の中で支持され、外へ発信されることで、
名古屋の食文化の一部として認識されるほど育った。
名物は、必ずしも「発祥した場所」だけのものではないことが分かります。
モーニングも「名古屋発祥」と言い切れない
そして、名古屋を代表する食文化として有名なのが、
喫茶店のモーニング。
コーヒーを注文すると、
トースト。
ゆで卵。
サラダ。
店によっては、さらにいろいろなものが付いてくる。
名古屋観光の楽しみとしても定着しています。
ところが、このモーニング文化も、
「名古屋市で生まれた」
と単純には言えません。
有力な発祥地の一つとして知られているのが、愛知県一宮市です。
毛織物産業から、モーニングが生まれた?
一宮は、かつて毛織物産業で大きく発展した街です。
工場では機械が大きな音を立てて動いている。
そこで商談をしようとしても、落ち着いて話ができない。
そのため、繊維関係の人たちが近くの喫茶店を商談場所として利用するようになったとされています。
常連客が朝から来る。
そこで店側が、
コーヒーだけではなく、ゆで卵やピーナツなどをサービスする。
周囲の店も始める。
サービス競争になる。
やがて、
「朝、喫茶店へ行けばコーヒーに何か付いてくる」
という地域文化へ育っていく。
ここでもまた、産業と食文化がつながっています。
毛織物産業
↓
商談場所として喫茶店を利用
↓
店がサービスを付ける
↓
周囲へ広がる
↓
モーニング文化になる
以前、吉田のうどんでも織物産業が食文化へ影響していました。
一宮では、織物産業が喫茶店の使われ方を変えた。
産業が地域の暮らしを変え、その暮らしから食文化が生まれる。
「街から学ぶ」で何度も見てきた構造が、ここにもあります。
それでも「名古屋モーニング」として全国へ知られた
ここが今回のテーマです。
発祥については一宮など複数の説がある。
岐阜にも非常に強いモーニング文化があります。
つまり、正確には、
尾張・岐阜を含む東海圏で育った喫茶店文化
と見るほうが自然でしょう。
それでも全国では、
「名古屋のモーニング」
というイメージが非常に強い。
なぜなのか。
名古屋という大都市に多くの喫茶店があった。
特徴的なサービスが観光客やメディアから注目された。
そして「名古屋めし」という大きな地域ブランドの中に入った。
そうした複数の要因があったのでしょう。
ここでも、
発祥地と、地域ブランドとして広がった場所は必ずしも同じではない
ということが見えてきます。
小倉トーストは、喫茶店文化から生まれた
そして喫茶店文化から生まれた代表的な名古屋名物が、
小倉トースト。
厚めのトースト。
バター。
そこへ小倉あん。
パンという西洋から入ってきた食文化に、日本のあんこを組み合わせる。
今となっては当たり前のように感じますが、考えてみればかなり大胆な組み合わせです。
パン × あんこ。
西洋と日本。
それを喫茶店の商品にする。
そして地域の人たちが食べ続ける。
今では、
「名古屋の喫茶店へ行ったら小倉トーストを食べたい」
という観光客までいます。
ここでも名古屋は、
外から来たものを、そのままにしない。
パンをパンのまま食べるのではなく、地域で親しまれてきた甘味と組み合わせ、新しい商品にする。
第一部で見た名古屋めしと、どこか共通するものを感じます。
ひつまぶしは「料理」だけでなく「食べ方」が名物になった
一方、ひつまぶしは名古屋で育った代表的な食文化です。
鰻の蒲焼をご飯の上にのせる。
しかし、単に鰻丼として食べるだけではありません。
最初はそのまま。
次は薬味を加える。
さらに、だしをかける。
そして最後は、自分が一番気に入った食べ方で楽しむ。
つまり、ひつまぶしの魅力は、
鰻という食材だけではなく、「どう食べるか」まで含めて商品になっている。
ここが面白い。
同じ一杯の中で味を変える。
お客様自身が食べ方を選ぶ。
最後まで飽きずに楽しめる。
食べ方そのものが、商品の価値になっている。
これもまた、名古屋らしい「工夫」の一つなのかもしれません。
そして謎の「名古屋=エビフライ」
さらに面白いのが、
エビフライ。
エビフライ自体は、もちろん名古屋だけの料理ではありません。
全国で食べられています。
発祥が名古屋というわけでもありません。
それなのに、
名古屋=エビフライ
というイメージがあります。
なぜでしょうか。
ここには、メディアによるイメージ形成など複数の要因が指摘されています。
つまり、
料理そのものが地域固有でなくても、街のイメージと結びつけば「地域名物」になり得る。
ということです。
これは非常に面白い。
名物になるためには、
必ずその街で発明されなければならない。
昔から食べられていなければならない。
その土地でしか作れない食材でなければならない。
そんなルールはないのです。
名古屋は「生み出す」だけではなく、「取り込んで育てる」
ここまで見ると、名古屋めしの面白さがさらに見えてきます。
台湾ラーメンのように、
店が新しい料理を生み出す。
手羽先のように、
既存の食材へ新しい価値を付ける。
天むすのように、
周辺地域で生まれた料理を取り込み、さらに広げる。
モーニングのように、
周辺地域を含む生活文化を、大都市の地域イメージとして発信する。
小倉トーストのように、
外から来た食文化と日本の食文化を組み合わせる。
ひつまぶしのように、
料理だけでなく食べ方そのものを価値にする。
エビフライのように、
全国共通の料理まで街のイメージと結びつける。
これだけ違うパターンが、一つの「名古屋めし」という言葉の中に入っています。
だから私は、名古屋の強さは、
名物をたくさん発明したことだけではない
と思うようになりました。
むしろ、
生み出す。取り込む。工夫する。育てる。そして「名古屋のもの」として外へ伝える。
この力が強いのではないでしょうか。
では、なぜ名古屋には、そんな力があるのでしょうか。
東京と大阪の間に位置する巨大都市。
独自の味覚を持つ地域。
ものづくりと商売の街。
そして、地元で新しい商品を育てられる大きな市場。
次の第三部では、料理そのものから少し離れて、
「名古屋という街そのもの」
を見てみたいと思います。
