名古屋駅地下のエスカを歩いていたとき、ある繁盛店の前で足が止まりました。
店頭には行列ができています。
その横を見ると、小さな紙が一枚貼られていました。
「こちらで待ち時間10分です」
特別な設備ではありません。
最新の順番待ちシステムでもありません。
ただ、紙に印刷して店頭に貼ってあるだけです。
最初は、
「親切な店だな」
と思いました。
しかし、場所を考えてみると、この一枚にはもっと大きな意味があることに気づきます。
ここは、名古屋駅です。
駅のお客様が知りたいのは「何人並んでいるか」ではない
名古屋駅を利用するお客様の中には、新幹線の時間を気にしながら食事をする人も少なくないでしょう。
例えば、
新幹線まであと50分。
食事もしたい。
でも、ホームまで移動する時間も必要です。
お土産も買いたいかもしれません。
そんな状況で、店の前に行列が見えた。
その瞬間、お客様が考えるのは、
「何人並んでいるのか?」
ではありません。
本当に知りたいのは、
「ここで食べても、新幹線に間に合うのか?」
ではないでしょうか。
行列だけでは、待ち時間は分からない
店の前に10人並んでいる。
それを見ても、お客様には何分待つのか分かりません。
5分なのか。
10分なのか。
30分なのか。
店の回転率を知らないお客様には判断できません。
すると、人は自分で想像します。
「かなり待ちそうだな」
「新幹線に間に合わなくなるかもしれない」
「今日は別の店にしよう」
実際には10分ほどで入店できるのに、
「時間が読めない」という理由だけで、お客様が離れてしまう可能性があります。
これは店にとって、とてももったいないことです。
「10分」と分かれば、自分で判断できる
そこで、
「こちらで待ち時間10分です」
という案内が効いてきます。
お客様は、
待ち時間10分。
食事時間30分。
ホームまでの移動10分。
というように、自分で計算できます。
そして、
「それなら間に合う」
と判断できる。
反対に、
「今日は時間がないからやめよう」
という判断もできます。
どちらでもいいのです。
大切なのは、
お客様自身が、自分の予定と照らし合わせて判断できること。
だと思います。
この案内は、待ち時間を1分も短くしていない
ここが、私は一番面白いと思います。
この紙を貼ったからといって、
料理が早くできるわけではありません。
席が早く空くわけでもありません。
回転率が突然上がるわけでもない。
つまり、
実際の待ち時間は1分も短くなっていません。
それなのに、お客様の感じ方は変わります。
なぜでしょうか。
「分からない10分」を、「分かっている10分」に変えたからです。
これだけです。
でも、この違いは大きい。
駅では「時間が読めること」そのものがサービスになる
街中の飲食店と、駅の飲食店では、お客様の時間の使い方が違います。
街中なら、
「少しくらい待ってもいい」
という人もいるでしょう。
しかし駅では、
新幹線。
在来線。
高速バス。
待ち合わせ。
次の予定が決まっている人が多い。
だから、
「何分かかるのか分かる」
ということ自体が、店の価値になります。
駅の飲食店では、料理の味だけでなく、
お客様が自分の時間をコントロールできること
もサービスの一部になるのです。
これは観光地の飲食店でも同じ
この考え方は、駅の飲食店だけの話ではありません。
観光地でも、お客様には次の予定があります。
バスの出発時間。
ロープウェイの予約時間。
観光施設の入場時間。
旅館のチェックイン。
ツアーの集合時間。
レンタカーの返却時間。
つまり観光客も、
「食事だけをしに来ているわけではない」
のです。
旅行という一日の中に、食事があります。
だから、
「何分待つのか」
「料理はどれくらいで出るのか」
が分かることは、非常に大きな安心になります。
店側は知っている。でも、お客様は知らない
飲食店では、こういうことがよくあります。
スタッフには分かっている。
「今なら10分くらいで入れる」
「この料理ならあと5分くらい」
「テイクアウトなら15分程度」
「次の席がもうすぐ空く」
でも、
お客様には伝わっていない。
店側からすると、
「少し待てば入れます」
と分かっている。
しかし、お客様は店の内部事情を知りません。
だから、
店が知っている情報を、お客様が判断できる情報へ変える。
これも接客の一つなのだと思います。
質問される前に、答えを出しておく
例えば行列のお客様から、
「あと、どれくらいですか?」
と聞かれて、
「10分くらいです」
と答える。
もちろん、それでもいい。
でも今回の店は違いました。
聞かれる前から、
「こちらで待ち時間10分です」
と出している。
つまり、
お客様が次に何を知りたくなるのかを先回りしている。
ここが私は大切だと思います。
不満が出てから対応する。
質問されてから答える。
ではなく、
お客様が困る前に、その困りごとを一つ消しておく。
繁盛店を見ると、こうした小さな先回りを見つけることがあります。
良いサービスは、「その場所のお客様」を考えている
この案内を、どの店でも同じように出せばいいという話ではありません。
重要なのは、
なぜ、この店では待ち時間を表示することが価値になるのか。
です。
ここは名古屋駅。
新幹線を利用する人が多い。
次の予定が決まっている。
だから、時間が読めることに価値がある。
つまり、
立地を理解し、その場所を利用するお客様の行動を想像した結果として、この案内がある。
そう考えると、この一枚の紙の見え方が変わります。
大きな改善だけが、繁盛店をつくるわけではない
飲食店の改善というと、
メニューを全面改定する。
内装を変える。
POSを入れる。
モバイルオーダーを導入する。
大きなことを考えがちです。
もちろん、それも必要です。
しかし今回の改善は、
紙一枚です。
費用は、ほとんどかかりません。
それでも、
お客様の不安を減らす。
時間を判断できるようにする。
離脱を減らす可能性がある。
スタッフへの質問も減らせる。
そして、
「この店なら間に合う」
という安心まで作ることができる。
現場改善は、必ずしも大掛かりなものである必要はありません。
「お店から学ぶ」は、こういうところを見ていきたい
繁盛店を見るとき、
何か特別なことをしていないか。
珍しいメニューはないか。
新しい設備はないか。
そういうものに目が行きがちです。
しかし、私はむしろ、
看板の置き方。
メニューの見せ方。
スタッフの一言。
行列の作り方。
テーブルに置かれた小さな案内。
そんなものを見ることがあります。
一つひとつは小さな工夫です。
でも、その小さな工夫を見ていくと、
その店が、お客様をどこまで想像しているのか
が見えてきます。
原島純一の視点
私は繁盛店を見るとき、特別な仕掛けばかりを探しているわけではありません。
むしろ、
お客様が次に何を見て、何を感じ、何に困るのか。
そこを店がどこまで想像できているかを見ています。
今回の、
「こちらで待ち時間10分です」
という案内もそうです。
待ち時間を短くしたわけではありません。
お客様の「分からない」を、一つ減らした。
そして名古屋駅という場所では、
その「分からない」を減らすことが、
「この店で食べても、新幹線に間に合う」
という判断につながります。
私は、良いサービスというのは、何でも親切にすることではないと考えています。
その場所のお客様が、何を判断するための情報を必要としているのか。
そこまで考えること。
立地が変われば、お客様の事情も変わります。
だから、必要なサービスも変わります。
現場を見るときに大切なのは、
「何をやっているのか」だけを見ることではありません。
「なぜ、この店はそれをやっているのか?」
そこまで考えてみる。
すると、一枚の紙からでも、店づくりのヒントは見つかります。
答えは、現場にあります。
