瓦の上で食べる蕎麦、ねぎ一本を使って食べる蕎麦、漬物を焼いて食べる料理。一見すると変わった料理ですが、その多くは観光客を驚かせるために生まれたものではありません。その土地の気候や暮らし、歴史の中で受け継がれてきた食文化です。地元の人にとっての「普通」が、なぜ観光客にとって忘れられない「名物」になるのか。そこには、観光地の商品づくりを考える大きなヒントがあります。
なぜ観光地では、普通の料理が名物になれるのか?
観光地へ行くと、「なぜ、こんな食べ方をするんだろう?」と思う料理に出会うことがあります。
山口県の瓦そば。
福島県・大内宿のねぎそば。
岡山の隠し寿司。
岐阜県の鶏ちゃんや漬物ステーキ。
初めて見る人にとっては、どれも少し変わった料理に見えるかもしれません。
瓦の上に蕎麦がのっている。
一本のねぎを使って蕎麦を食べる。
寿司の具材を隠す。
漬物を焼いて卵と一緒に食べる。
今の時代だけを切り取って見れば、
「SNSで話題にするために考えたのでは?」
と思ってしまうような料理さえあります。
しかし、そうではありません。
そこには、その地域で暮らしてきた人たちの歴史や文化があります。
私は、そこに観光地の名物料理を考える大きなヒントがあると思っています。
奇抜だから名物になったわけではない
最近の商品開発では、「SNS映え」という言葉がよく使われます。
大きくする。
山盛りにする。
派手な器を使う。
火をつける。
変わった食べ方をさせる。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
お客様が写真を撮りたくなることも、今の時代には大切な商品力の一つです。
しかし、瓦そばやねぎそばなどが持っている魅力は、それとは少し違います。
見た目や食べ方は確かに変わっています。
でも、写真を撮ってもらうために変わったことをしているわけではありません。
先に地域の歴史や文化があり、その結果として、現代のお客様には珍しい料理に見えているのです。
ここは、とても大きな違いだと思います。
名物料理には「なぜ?」がある
私は、地域の名物料理には「なぜ?」があると思っています。
なぜ、瓦の上で蕎麦を食べるのか。
なぜ、ねぎを使って蕎麦を食べるのか。
なぜ、寿司の具材を隠すのか。
なぜ、漬物を焼いて食べるのか。
料理を見た瞬間に疑問が生まれる。
そして、その理由を知ると、その土地の歴史や暮らしが見えてきます。
ここが、単に見た目が変わった料理との大きな違いです。
「なぜ、この器なんですか?」
と聞かれて、
「写真映えするからです」
で終わるのか。
それとも、
「この地域では昔から、こういう理由で食べられてきたんですよ」
という話が始まるのか。
同じように珍しい料理でも、お客様が感じる価値は大きく違います。
見た目が変わっているから名物なのではありません。
「なぜ、こうなったのか」を語れることが、名物の大きな魅力なのです。
高級食材でなくても、名物にはなれる
もう一つ、こうした料理を見ていると気づくことがあります。
必ずしも高級な食材を使っているわけではありません。
蕎麦。
ねぎ。
寿司。
鶏肉。
漬物。
どれも、私たち日本人にとって馴染みのある食材です。
例えば、飛騨地方などで親しまれてきた漬物ステーキ。
漬物を焼き、卵などと一緒に食べる。
地元の人にとっては、昔から身近にあった食べ方でも、初めて訪れた観光客からすれば、
「漬物を焼くの?」
となります。
鶏ちゃんも同じです。
鶏肉そのものが珍しいわけではありません。
その地域の人たちが、鶏肉をどのように味付けし、どのように食べてきたのか。
そこに地域らしさがあります。
つまり、観光客にとっての価値は、
「珍しい食材を食べたこと」だけではありません。
「この地域の人たちは、こうやって食べてきたんだ」という体験そのものにも価値があるのです。
地元の人の「普通」は、観光客にとっての「特別」になる
地域で商品開発の話をすると、
「うちには有名な食材がない」
「ブランド牛もない」
「カニやウニのような分かりやすい食材もない」
という話を聞くことがあります。
しかし、本当にそうでしょうか。
観光客にとって魅力的なのは、高級食材だけではありません。
むしろ、地元の人にとって当たり前すぎて、価値だと思っていないものの中に、面白いものが眠っていることがあります。
昔から家で食べていた料理。
冬になると必ず食べていたもの。
祭りの日だけ作っていた料理。
農作業の合間に食べていたもの。
漁師が食べていたもの。
余った食材を保存するために生まれた料理。
地域独特の味付け。
独特の器や食べ方。
地元の人からすれば、
「そんなもの、昔から普通に食べているよ」
というものです。
しかし、観光客にとっては違います。
地元の人の「普通」は、観光客にとっての「特別」になり得るのです。
人に話したくなる料理は強い
こうした料理には、もう一つ共通点があります。
旅行から帰ったあと、人に話したくなることです。
「山口で蕎麦を食べた」
だけでは、それほど話は広がりません。
でも、
「瓦の上に蕎麦がのって出てくるんだよ」
となれば、
「なんで瓦なの?」
という会話が始まります。
「大内宿で蕎麦を食べた」
だけではなく、
「ねぎ一本を使って蕎麦を食べるんだよ」
となれば、
「どうやって食べるの?」
となります。
漬物ステーキなら、
「飛騨では漬物を焼いて食べる料理があるんだよ」
と人に話したくなる。
つまり、料理を食べたところで体験が終わっていないのです。
見る。
驚く。
なぜだろうと思う。
理由を知る。
食べて体験する。
写真を撮る。
帰ってから人に話す。
ここまでが一つの観光体験になっています。
SNSがなかった時代から、こうした料理が強かった理由の一つは、ここにあるのかもしれません。
食文化は、伝え方によって広がっていく
地域の食文化は、昔からそこに存在しているだけで自然に広がっていくとは限りません。
誰かが見つける。
意味を伝える。
食べ方を分かりやすくする。
現代のお客様が体験できる形にする。
そして、多くの人に知ってもらう。
こうしたことも必要です。
その意味で、恵方巻が全国へ広がっていった過程も興味深い事例です。
もともと一部地域にあった節分の巻き寿司を食べる風習が、小売業などによる商品化や販売促進によって全国へ広がり、現在では節分の代表的な食文化の一つとして知られるようになりました。
ここで重要なのは、単に巻き寿司を販売したことではありません。
「その年の恵方を向く」
「一本を丸ごと食べる」
といった、食べ方まで一緒に伝わったことです。
料理だけではなく、体験の仕方まで伝える。
それによって地域の食文化が、多くの人が参加できる文化へと広がっていくことがあります。
「名物をつくる」前に、「名物を見つける」
観光地の飲食店が新しい名物を作ろうとすると、どうしても、
「何か珍しい食材はないか」
「もっと派手な商品を作れないか」
「SNSで話題になるものを作れないか」
と考えがちです。
しかし、その前にやってほしいことがあります。
自分たちの地域を、もう一度掘り下げてみることです。
おじいちゃん、おばあちゃんの世代は何を食べていたのか。
冬には何を食べていたのか。
祭りの日には何を作っていたのか。
農作業や漁の合間には何を食べていたのか。
食材を保存するために、どんな工夫をしていたのか。
どんな器を使っていたのか。
どんな食べ方をしていたのか。
そして、
「なぜ、そうしていたのか?」
を聞いてみる。
そこに、その地域にしかない物語が眠っているかもしれません。
新しい名物をゼロから作るのではなく、
地域に眠っている名物の種を見つける。
そんな商品開発が、もっとあってもいいのではないでしょうか。
どこの地域にも、伝えていくべき食文化がある
私は、日本のどこの地域にも、その土地ならではの食の物語があると思っています。
海の近くには、海とともに暮らしてきた人たちの食文化があります。
山間部には、厳しい冬や限られた食材の中で生まれた知恵があります。
宿場町には、旅人を迎えてきた食文化があります。
農村には、農作業や祭り、季節とともに受け継がれてきた料理があります。
それらは、地元では当たり前すぎて、価値が見えなくなっているだけなのかもしれません。
そして、その食文化を見つけ、お客様に分かる形で伝えていくことは、単なる集客のためだけではありません。
その土地で何十年、何百年と受け継がれてきた暮らしの記憶を、次の世代へ残していくことにもつながります。
観光地の飲食店は、その大切な担い手の一つです。
料理として提供する。
なぜ、この料理が生まれたのかを伝える。
その土地ならではの食べ方を体験してもらう。
そして、お客様が帰ったあと、
「こんな料理があってね」
と誰かに話してくれる。
そうやって食文化は、次の人へ伝わっていきます。
観光地の名物とは、珍しい食材を使った料理だけではありません。
その土地の人たちが、何を、なぜ、どのように食べてきたのか。
そこにこそ、その地域にしか作れない価値があります。
だから「うちの地域には名物がない」と決めつける前に、もう一度、地域の食文化を見つめ直してみてほしいと思います。
名物は、新しくつくらなくてもいい。
まだ価値に気づいていないだけで、すでにそこにあるのかもしれません。
