なぜ宇都宮・浜松・宮崎は「餃子の街」になったのか?
餃子の街と聞いて、どこを思い浮かべるでしょうか。
宇都宮。
浜松。
そして近年では、宮崎も「餃子の街」として知られるようになりました。
同じ餃子なのに、なぜ離れた三つの都市で、これほど餃子文化が発達したのでしょうか。
最初から観光客を呼ぶために、
「餃子の街をつくろう」
と考えたのでしょうか。
調べてみると、どうも順番は逆だったようです。
先にあったのは、地域の人たちの日常でした。
昔から餃子をよく食べる。
餃子店がある。
持ち帰って家庭でも食べる。
地域で餃子が親しまれている。
それを家計調査などの数字で全国と比較してみたとき、
「あれ? この街の餃子文化って、全国的に見ると普通じゃないぞ」
と気づく。
そこから地域ブランドとして磨かれ、今では観光客まで楽しめる食文化へと広がっていった。
三つの街の歴史を見ていると、そんな地域ブランドの育ち方が見えてきます。
宇都宮は「数字から地域資源を発見した」
宇都宮が餃子の街になった背景については諸説あります。
宇都宮市の公式情報では、市内に駐屯していた陸軍第14師団の兵士が中国へ出兵し、帰郷後に餃子が広まったことがきっかけの一つとされています。
しかし、それだけなら「餃子をよく食べる街」で終わっていたかもしれません。
面白いのは、その後です。
宇都宮市によると、1990年、市の職員が当時の総務庁、現在の総務省の家計調査年報を調べていたところ、宇都宮市の1世帯当たりの餃子年間購入額が1987年以来、連続して全国1位だったことに気づいたとされています。
そして、
「これを、まちおこしに使えないだろうか」
と考えた。
これが「餃子の街・宇都宮」が全国へ知られていく大きなきっかけの一つになったと紹介されています。
ここが、とても面白いところです。
新しい名物料理を開発したわけではありません。
新しい食文化を作ったわけでもありません。
すでに市民の生活の中にあったものを、数字によって地域資源として再発見したのです。
地元の人にとっては、餃子をよく食べることは普通だった。
でも、全国と比較したら普通ではなかった。
この「普通ではない普通」に気づいたことから、宇都宮餃子という地域ブランドが育っていったのです。
※宇都宮餃子の歴史やブランド化の経緯については、宇都宮市の公式情報を参考にしています。発祥や普及の経緯については諸説があります。
浜松では、餃子が暮らしの中で独自に進化した
浜松も餃子の街として有名ですが、その背景を調べてみると、宇都宮とは少し違う面白さがあります。
浜松餃子の公式情報では、戦後、中国方面から戻った人たちが焼き餃子を広めたことが、日本各地の焼き餃子文化の背景の一つとして紹介されています。
一方で、浜松では大正時代から中国人が営む料理店で焼き餃子が提供されていた記録も紹介されています。
そして浜松では、地域で手に入りやすかった食材が餃子に使われました。
キャベツ。
玉ねぎ。
そして豚肉。
地域で手に入る食材を使いながら、浜松らしい餃子文化が育っていきます。
さらに面白いのが、焼き方です。
屋台で餃子が販売されていた時代、多くのお客様に対応するため、一度にたくさん焼けるようフライパンに円形に並べる。
そこから現在の浜松餃子を象徴する「円形焼き」につながったとされています。
そして円の中心にできた空間には、もやしを添える。
今では、
円形に並んだ餃子+中央のもやし
を見るだけで、「浜松餃子だ」と分かるほど特徴的な姿になりました。
しかし、さらに私が面白いと思ったのが「持ち帰り文化」です。
浜松餃子の公式情報では、浜松では餃子店が郊外へ広がる中で、店で食べるだけでなく、餃子を持ち帰って家庭で食べる文化が育ったことも紹介されています。
つまり浜松では、
地域の食材
だけでなく、
屋台という商売の形
大量に焼くための工夫
家庭へ持ち帰って食べる生活習慣
までが餃子文化を形づくってきたのです。
宇都宮が「数字によって地域資源を再発見した街」だとすれば、浜松は、
地域の暮らしの中で餃子そのものが独自に進化していった街
と見ることができそうです。
※浜松餃子の歴史・食材・円形焼き・もやし・持ち帰り文化については、浜松餃子の公式情報を参考にしています。歴史的な由来については諸説を含みます。
宮崎は、比較的新しく「餃子の街」として知られるようになった
そして宮崎です。
宇都宮、浜松と比べると、「宮崎=餃子」というイメージを持つようになったのは比較的最近という人も多いのではないでしょうか。
しかし、宮崎にも以前から餃子を楽しむ文化がありました。
宮崎市の公式観光情報では、市内には老舗の焼き餃子専門店や持ち帰り専門店などがあり、餃子は市民に親しまれてきたと紹介されています。
そして宮崎の特徴として見逃せないのが、農畜産物です。
餃子に欠かせない豚肉。
そして野菜。
宮崎は、こうした餃子の材料となる農畜産物にも恵まれています。
そこへ大きな動きが起きます。
2020年に、餃子専門店や卸売会社、飲食店などで構成される「宮崎市ぎょうざ協議会」が設立されました。
掲げたのは、
「宮崎ぎょうざを新たな観光資源に」
という考え方でした。
餃子MAPを作る。
イベントを開催する。
販売会を行う。
県外の催事へ出店する。
地域で餃子を盛り上げる活動が始まります。
そして2021年、総務省の家計調査で、宮崎市が1世帯当たりの餃子の購入頻度と支出金額で年間1位になります。
2022年にも1位となり、2年連続となりました。
これによって、
「宮崎も餃子の街だった」
ということが一気に全国へ知られるようになります。
ここでも、新しく餃子そのものを作ったわけではありません。
地域に餃子店があり、市民が餃子を食べていた。
さらに豚肉や野菜という地域の農畜産物もあった。
そこに地域の人たちによるブランド化の活動と、家計調査という数字が重なった。
宮崎は、
地域の食材と既存の食文化を、現代的な地域ブランドへ育てた街
と見ることができそうです。
※宮崎餃子については、宮崎市公式観光情報などを参考にしています。
三つの街は、同じように「餃子の街」になったわけではない
こうして三都市を比べると、同じ「餃子の街」でも少しずつ違います。
宇都宮では、
昔からあった餃子文化を、家計調査の数字から地域資源として再発見した。
浜松では、
地域の食材や屋台、家庭での食べ方など、暮らしの中で独自の餃子文化が育っていった。
宮崎では、
地域の農畜産物と既存の餃子文化を背景に、地域が連携して新しい観光資源へ育てていった。
同じ餃子でも、地域ブランドになるまでの道筋は同じではありません。
しかし、三都市には大きな共通点があります。
観光客のために、ゼロから餃子文化を作ったわけではない。
ということです。
先に、その地域で暮らす人たちの日常がありました。
家計調査は「観光人気ランキング」ではない
ここで、一つ注意しておきたいことがあります。
「餃子日本一」というニュースを見ると、
「その街では、飲食店で一番たくさん餃子を食べている」
と思ってしまいがちです。
しかし、総務省の家計調査で対象となる「ぎょうざ」は、スーパーや持ち帰り専門店などで購入したものなどが対象で、飲食店での外食は含まれていません。
また、冷凍調理食品に分類される冷凍餃子なども別扱いになります。
つまり、これは単純な「観光客に人気の餃子ランキング」ではありません。
だからこそ、私は面白いと思います。
この数字から見えてくるのは、
観光客ではなく、その街で暮らしている人たちの日常
だからです。
その地域の家庭が普段から餃子を買っている。
つまり家計調査は、地域住民自身も意識していなかった生活文化を見つける手掛かりにもなるのです。
地域の「普通」は、全国と比べると普通ではないことがある
ここに、地域資源を見つける大きなヒントがあると思います。
地域の人に、
「この街の特徴は何ですか?」
と聞いても、なかなか答えが出てこないことがあります。
それは当然かもしれません。
毎日見ているものだからです。
毎週食べている。
昔から店がある。
家族みんなが普通に買っている。
だから、それが特別だとは思わない。
しかし、全国の数字と比較してみる。
すると、
「なぜ、この街だけこんなに餃子を買っているんだ?」
という疑問が生まれます。
そこから、
歴史を調べる。
店を調べる。
地域の産業を調べる。
食材を調べる。
暮らし方を調べる。
そうすると、
地元では当たり前すぎて見えなかった地域文化
が見つかることがあります。
数字は、順位を競うためだけにあるのではない
この考え方は、餃子だけではありません。
ラーメンへの支出が非常に多い地域。
パンをよく購入する地域。
うどん店が非常に多い地域。
特定の魚をよく食べる地域。
人口に対して、ある業種の店が妙に多い地域。
全国平均と比較してみると、
「なぜ、ここだけ違うんだ?」
という数字が見つかることがあります。
その数字を、
「全国1位になった!」
とPRするだけでも、もちろん意味はあります。
しかし、もっと重要なのは、
「なぜ、この数字になったのか?」
を考えることではないでしょうか。
そこを掘り下げることで、その土地の歴史や産業、暮らし、食文化が見えてくる。
つまり数字は、
地域の人自身が気づいていない地域資源を発見する道具
にもなるのです。
地域の日常を、来街者も楽しめる文化へ
そして、地域資源を発見したら、そこで終わりではありません。
宇都宮、浜松、宮崎では、餃子を提供する店があります。
食べ比べができる。
マップがある。
イベントがある。
情報発信がある。
観光客がその街を訪れたとき、
「せっかく来たのだから餃子を食べよう」
と思える環境が整っていきました。
すると、それまで地域住民が楽しんできた食文化に、来街者も参加できるようになります。
ここが、私はとても大切だと思います。
地域ブランドを作るというと、
「観光客向けの新しい名物を作ろう」
と考えがちです。
しかし、必ずしもそうではありません。
地域ブランドになるということは、地元の食文化を観光客向けの別物に作り替えることではない。
地元の人たちが楽しんできた文化を見つけ、その背景を伝え、来街者も一緒に楽しめるようにすることでもあるのです。
地域ブランドは、「作る」前に「見つける」
地域活性化の仕事では、新しいものを作ることに目が向きがちです。
新しいご当地グルメ。
新しいイベント。
新しい観光商品。
もちろん、それらも必要です。
しかし、その前に、
すでに地域にあるものを、本当に見つけ切れているでしょうか。
地元の人がよく買っているもの。
なぜか昔から店が多い業種。
全国平均より明らかに多く消費しているもの。
家庭では普通なのに、他の地域ではあまり見かけない食べ方。
そうしたものをデータから探してみる。
そして、
「なぜ?」
を掘り下げてみる。
そこに、その地域にしかない文化が眠っているかもしれません。
宇都宮も、浜松も、宮崎も、最初から観光客のための「餃子の街」だったわけではありません。
地域の日常として餃子がありました。
その価値に気づき、言葉にし、地域で育て、外へ伝えていったことで、今では来街者まで楽しめる食文化になっています。
だから地域ブランドを考えるとき、最初に必要なのは、
「何を作ろう?」
ではないのかもしれません。
まず、
「この地域では、何が普通なんだろう?」
を見てみる。
そして全国と比べてみる。
すると、
地元では「普通」だったものが、実は地域で一番面白い資産だった。
そんな発見があるのではないでしょうか。
この記事で参考にした主な情報
この記事では、餃子文化の歴史や地域ブランド化の経緯について、以下の地域公式情報などを中心に確認しています。
・宇都宮餃子:宇都宮市公式情報
・浜松餃子:浜松餃子公式サイト・地域公式情報
・宮崎餃子:宮崎市公式観光情報
・餃子購入額などの統計:総務省「家計調査」
※餃子文化の発祥や普及の経緯には複数の説が存在するものがあります。本記事では特定の説を史実として断定するのではなく、行政・観光関連団体などが公表している情報を参考にしながら、地域文化とブランド形成について考察しています。
