大阪の粉ものと聞けば、
お好み焼き。
たこ焼き。
そして、ねぎ焼き。
そんな料理を思い浮かべます。
でも、考えてみると不思議です。
お好み焼きとねぎ焼きは、
同じ鉄板で焼く。
小麦粉を使う。
肉や牛すじなどを入れることもある。
見た目も、かなり近い。
だから、
「ねぎ焼きって、お好み焼きのキャベツをねぎに変えただけでは?」
と思う人もいるかもしれません。
それなのに大阪では、
「お好み焼き」と「ねぎ焼き」は、別の名前を持つ料理として残りました。
なぜなのでしょうか。
調べていくと、
そこには大阪の粉もの文化だけではなく、
一軒の店の「まかない」から新しい商品が生まれ、それに名前をつけたことで別の市場ができていく
という、とても面白い商品開発の歴史がありました。
まず、お好み焼き自体が「完成された料理」から始まったわけではない
現在のお好み焼きを見ると、
豚玉。
イカ玉。
ミックス。
モダン焼き。
さまざまなメニューがあります。
でも、最初から現在のようなお好み焼きがあったわけではありません。
農林水産省は、大阪のお好み焼きのルーツの一つとして、江戸末期から明治に広まった小麦粉を薄く焼く食文化や、その後の「洋食焼」を紹介しています。
明治後期には、小麦粉、キャベツ、ソースなどを使った「洋食焼」が登場しました。
当初は駄菓子のような手軽な食べ物でしたが、
肉を入れる。
野菜を増やす。
具材を変える。
店ごとに工夫する。
そうした中で、現在のお好み焼きへ変化していったとされています。
つまり、
お好み焼きそのものが「店が好きに具材を変えていく料理」だった。
名前の通り、
「お好み」でいい。
この自由さが、大阪のお好み焼き文化を大きくしていった一つの理由なのでしょう。
大阪のお好み焼きが「名物」になったのは、意外と後だった
もう一つ面白いのが、
お好み焼きが最初から「大阪名物」だったわけではないことです。
農林水産省によると、大阪のお好み焼きが全国的に「大阪名物」として知られるようになったのは、昭和30年代末から昭和40年代にかけて。
チェーン展開したお好み焼き店などが、
「大阪名物」として外へ売り出したこと
も大きかったとされています。
ここも前回までの記事と共通しています。
街の人が食べているだけでは、
まだ「地域名物」ではない。
それに名前をつけ、
地域と結びつけ、
外へ伝える。
そこで初めて、
街の料理が、観光客から見た「名物」になる。
そんなお好み焼き屋の中から「ねぎ焼」は生まれた
ねぎ焼きの歴史を調べると、
舞台は大阪・十三です。
「ねぎ焼やまもと」は1965年に、お好み焼き店として創業しました。
そして1968年、
それまで店の「まかない」として食べられていた料理を、
「ねぎ焼」
として正式メニューに加えています。
つまり、
ねぎ焼きは、
最初から新商品として開発されたわけではありません。
お客様に売るために、
会議をして、
マーケティングをして、
「新名物を作ろう」
と開発された料理でもない。
もともとは、
店の中で食べていたものだった。
「売り物ではなかった料理」を、お客さんが見つけた
ここが、この話の一番面白いところです。
日本食糧新聞の取材では、
学校から帰ってきた店の子どもたちのために、
水で溶いた小麦粉にねぎをたっぷりのせて焼き、
店の端で食べさせていたと紹介されています。
それを見たお客様から、
「おいしそう」
「それを食べたい」
という注文が入るようになった。
そして次第に商品化され、
1968年に「ねぎ焼」として正式なメニューになりました。
テレビ大阪も、店の三姉妹がまかないとして食べていた料理を常連客が見て注文するようになり、商品化されたという経緯を紹介しています。
これ、
飲食店の商品開発として考えると、
かなり面白いです。
店側が、
「これは売れる」
と思って作ったのではない。
お客様が先に価値を見つけた。
お客様は、メニュー表だけを見ているわけではない
飲食店では、
商品開発というと、
厨房の中で考えます。
新しい食材を使おう。
原価を考えよう。
盛り付けを変えよう。
価格を決めよう。
もちろん、それも必要です。
でも、ねぎ焼きの誕生を見ると、
少し違う視点が見えてきます。
店には、
「売っていないけれど、実はおいしいもの」
が眠っているかもしれない。
スタッフのまかない。
端材で作った料理。
常連客だけに出している料理。
昔は出していたけれど、今はメニューにない料理。
料理人が自分用に作っている食べ方。
ねぎ焼きは、
そんなものの中から生まれました。
つまり、
新商品は、ゼロから考えなくてもいい。
すでに店の中に存在しているものを、
お客様の反応から見つけることもできるのです。
でも、ねぎを増やしただけなら「ねぎ入りお好み焼き」で終わっていた
ここで一つ疑問が残ります。
お好み焼きはもともと、
具材を自由に変えられる料理です。
だったら、
「ねぎ入りお好み焼き」
でもよかったはずです。
なのに、
「ねぎ焼」
という別の名前がつきました。
ここが重要です。
もしメニュー名が、
「ねぎたっぷりお好み焼き」
だったら、
お客様から見れば、
お好み焼きのバリエーションの一つです。
豚玉。
イカ玉。
ミックス。
ねぎ玉。
その中の一品になっていたかもしれません。
でも、
「ねぎ焼」
と名前を変えた。
すると、
お好み焼きの一商品ではなく、別の料理として認識される。
名前を変えると、比較する相手まで変わる
これは商品づくりでは大きな違いです。
「ねぎ入りお好み焼き」なら、
比較される相手は他のお好み焼きです。
でも、
「ねぎ焼」なら、
お客様は、
「ねぎ焼って何だろう?」
と思います。
そして、
「大阪に来たら、ねぎ焼も食べてみたい」
となる。
名前を変えただけで、
料理を見るフレームそのものが変わる。
前回の札幌シメパフェと似ています。
パフェ自体は以前からあった。
でも、
「夜に食べるパフェ」を
「シメパフェ」
と呼んだことで、新しい体験になった。
ねぎ焼きも同じです。
お好み焼きの中の一品だったものに、
別の名前をつけた。
すると、
新しい料理ジャンルとして育つ余地が生まれた。
そして、ねぎ焼きは「ねぎが多い」だけの料理ではなくなった
現在の「ねぎ焼やまもと」の代表的な商品として知られているのが、
牛すじ肉とこんにゃくを使った「すじねぎ」です。
店ではねぎをたっぷり使い、
醤油ベースの味付けにレモンを組み合わせています。
一般的な大阪のお好み焼きと聞くと、
ソース。
マヨネーズ。
青のり。
かつお節。
という濃厚な味を想像します。
一方のねぎ焼きは、
醤油。
レモン。
ねぎ。
牛すじ。
こうした組み合わせによって、
お好み焼きとは違う食べ方へと育っていった。
つまり、
最初は、
「ねぎをたくさん使ったお好み焼き」
だったものが、
名前を得たことで、
その名前に合うように料理自体も進化していったのではないでしょうか。
商品名をつけると、その商品の「らしさ」を考えるようになる
これも飲食店の商品開発では重要です。
名前がないうちは、
ただのアレンジです。
でも、
名前をつけると、
「この料理らしさとは何だろう」
と考え始めます。
ねぎ焼きなら、
もっとねぎを生かそう。
ソースではなく醤油にしてみよう。
レモンを合わせよう。
牛すじを入れてみよう。
そうやって、
料理が少しずつ、
「名前に追いついていく」。
商品名は、
出来上がった料理につけるだけのものではありません。
場合によっては、
名前が商品の進化を促すこともある。
大阪の粉もの文化そのものが「変えること」を受け入れてきた
大阪の鉄板粉もの文化は、
文化庁の「100年フード」にも認定されています。
そこでは、
お好み焼きやたこ焼きが、
昭和初期から戦後にかけて大阪の食文化として定着してきたことが紹介されています。
私は、
ここに大阪らしい面白さを感じます。
料理を、
「昔からこう作るもの」
として固定しなかった。
少し変える。
具を変える。
食べ方を変える。
お客様の声を聞く。
そこから、
また別の商品が生まれる。
だから、
お好み焼きからねぎ焼きが生まれても、
それを、
「そんなものはお好み焼きではない」
と排除するのではなく、
別の料理として育てる余地があった。
街から学ぶ|新商品は「発明」ではなく「発見」かもしれない
飲食店では、
「新商品を作りましょう」
という話をすると、
すぐに新しい料理を考えようとします。
でも、
ねぎ焼きの誕生を見ると、
新商品とは必ずしも、
ゼロから発明するものではない。
店の中にすでにあるものを、
発見すること
なのかもしれません。
まかない。
常連客だけが知っている食べ方。
人気商品のちょっとしたアレンジ。
余った食材から作った料理。
スタッフが好きで食べている組み合わせ。
それをお客様が見て、
「それ、食べたい」
と言う。
そこには、
市場調査よりも強いヒントがあることがあります。
そして「名前をつける」と、ただのアレンジが商品になる
ただし、
見つけただけでは足りません。
ねぎ焼きが面白いのは、
そこに、
「ねぎ焼」
という短く、分かりやすい名前をつけたことです。
もし、
「ねぎをたくさん入れた醤油味のお好み焼き」
だったら、
ここまで広がったでしょうか。
料理の特徴を説明する文章ではなく、
一つの名前にした。
だから、
人から人へ伝えやすくなった。
「あそこのねぎ焼、おいしいよ」
と言える。
観光客も、
「大阪でねぎ焼を食べたい」
と検索できる。
名前は、
料理を説明するためだけのものではありません。
料理を広げるための道具でもある。
同じ鉄板の上から、別の名物が生まれる
お好み焼きとねぎ焼き。
同じ大阪。
同じ鉄板。
同じ小麦粉。
ルーツも近い。
それでも、
現在では別の料理として認識されています。
その違いを作ったのは、
珍しい食材でも、
特別な調理器具でもありません。
店の中にあった小さな工夫を、
お客様が見つけた。
店がそれを商品にした。
そして、
名前をつけた。
その積み重ねです。
観光地の名物づくりというと、
どうしても、
「この地域にしかない食材は何だろう」
というところから考えがちです。
でも、
もしかすると先に見るべきなのは、
厨房の中かもしれません。
昔からスタッフが食べているもの。
地元のお客様だけが知っている食べ方。
当たり前すぎて、誰も商品だと思っていないもの。
その中に、
まだ名前のついていない名物が眠っているかもしれません。
大阪のねぎ焼きを見ていると、
名物とは、
新しいものを無理に作ることではなく、
すでにそこにある価値を見つけ、名前を与えることから始まる。
そんなことを考えさせられます。
