なぜ同じ北海道なのに、札幌は味噌、旭川は醤油、函館は塩なのか?

北海道のラーメンと聞くと、

「味噌ラーメン」

を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

しかし、北海道のご当地ラーメンを見てみると、そう単純ではありません。

札幌は味噌。

旭川は醤油。

函館は塩。

同じ北海道なのに、三つの都市で代表するラーメンの味が違います。

なぜなのでしょうか。

最初に思いつくのは、

「北海道は寒いから、濃くて熱いラーメンが発達したのでは?」

という理由です。

確かに寒さは関係しています。

札幌でも旭川でも、ラードなどの油を使ってスープを冷めにくくする工夫が見られます。

しかし、それだけでは説明できません。

札幌も寒い。

旭川も寒い。

函館だって北海道です。

同じ寒さが理由なら、なぜ三都市とも同じラーメンにならなかったのでしょうか。

調べていくと見えてきたのは、

気候だけで食文化が決まるわけではない

ということでした。

店の商品開発。

地域産業。

そこで手に入る食材。

製麺技術。

港町としての歴史。

そして、そこで暮らしてきた人たち。

さまざまな条件が重なって、札幌、旭川、函館では違うラーメン文化が育っていったのです。

目次

札幌は、最初から「味噌ラーメンの街」だったわけではない

まず札幌です。

現在では、

札幌=味噌ラーメン

というイメージが全国的に定着しています。

しかし、札幌のラーメンが最初から味噌だったわけではありません。

戦後の札幌では屋台などでラーメンが提供され、当初は醤油味が中心だったとされています。

つまり、

北海道だから自然に味噌ラーメンが生まれた

わけではないのです。

現在の札幌味噌ラーメンにつながる大きな転機は、1950年代に訪れます。

札幌の「味の三平」の店主・大宮守人氏が、味噌を使ったラーメンを考案したとされています。

ここが面白いところです。

札幌味噌ラーメンは、何百年も前から地域の家庭で食べられてきた郷土料理ではありません。

一人の料理人による商品開発から始まった食文化

なのです。

一杯の商品開発が、街の味になる

一軒の店が味噌ラーメンを作る。

お客様が食べる。

支持される。

ほかの店にも広がる。

そして、

「札幌といえば味噌ラーメン」

というイメージが作られていく。

これまで「街から学ぶ」で地域の食文化を調べてきましたが、ここには少し違う食文化の生まれ方があります。

地域の食文化というと、

昔からその土地で作られてきたもの。

地域の人たちが何世代も食べてきたもの。

というイメージがあります。

しかし札幌味噌ラーメンを見ると、

一つの店の新しい商品が支持され、街へ広がり、後から地域文化になることもある。

ということが分かります。

高崎パスタを調べたときにも、似たことを感じました。

繁盛店や看板商品は、その店だけの売上を作るものではありません。

長く支持され、街へ広がっていけば、

その街のイメージそのものを作ることもあるのです。

※札幌味噌ラーメンの成立については、札幌観光協会などの公式観光情報を参考にしています。

味噌が変わると、麺まで変わった

そして札幌味噌ラーメンには、もう一つ面白い話があります。

スープを味噌にした。

それだけで終わりではありませんでした。

濃厚で熱々の味噌スープ。

そこへ従来の細い麺を入れると、食べている間に伸びやすい。

そこで製麺会社などによって、

味噌スープに負けない。

伸びにくい。

スープがよく絡む。

そんな麺が研究されていきます。

そして、

中太。
縮れ。
高加水。
強いコシ。

という、現在の札幌ラーメンを象徴するような麺が発達していきました。

つまり、

味噌ラーメンという新商品が生まれる

そのスープに合う麺が必要になる

製麺技術が進化する

一杯の完成度が上がる

札幌独自のラーメン文化になる

という流れです。

料理人だけではありません。

製麺会社の技術まで加わって、街の食文化が作られていった。

ここも札幌ラーメンの面白さです。

寒い札幌だからこその工夫も加わる

そして、もちろん北海道の寒さも無関係ではありません。

札幌の味噌ラーメンには、ラードなどの油を使い、熱を逃がしにくくするスタイルがあります。

野菜などを炒める。

味噌ダレとスープを合わせる。

熱々の状態で提供する。

そして表面を油が覆うことで、スープが冷めにくくなる。

寒い街で食べる料理として、非常に合理的です。

ただし、ここで重要なのは、

「寒いから味噌になった」とは限らない

ということです。

味噌は料理人の商品開発から生まれた。

その料理が札幌という寒い街で食べられる中で、さらに熱々でおいしく食べるための工夫が重なっていった。

商品開発 × 製麺技術 × 気候。

いくつもの要素が重なって、現在の札幌味噌ラーメンができているのです。

旭川へ行くと、同じ寒さから違うラーメンが生まれている

次は旭川です。

旭川を代表するのは、

醤油ラーメン。

札幌と同じ北海道。

しかも旭川の冬は非常に厳しく、氷点下20℃を下回ることもあります。

ここでもラードなどの油をスープ表面に浮かせ、熱を逃がしにくくする工夫があります。

つまり、

寒さに対して「スープを冷めにくくする」という発想は、札幌と旭川に共通している。

それなのに、

札幌は味噌。

旭川は醤油。

やはり、

気候だけでは、ラーメンの違いを説明できない

ことが分かります。

旭川のラーメンには、養豚の歴史が入っている

旭川観光コンベンション協会などの情報を見ると、旭川ラーメンの背景には地域の養豚があります。

かつて旭川周辺では養豚が盛んでした。

すると、豚骨があります。

それをスープに利用する。

しかし、豚骨だけでは独特の臭みが出る。

そこで、

煮干しや昆布などの魚介系のだしを合わせる。

こうして、

動物系+魚介系

という旭川ラーメンの特徴的なスープが作られていったとされています。

ここにも、

地域産業が料理へ入り込む

という、これまで何度も見てきた構造があります。

北国の「濃い味」と醤油

旭川観光コンベンション協会では、旭川ラーメンについて、濃い味を好む北国の人々の嗜好に合わせ、豚骨や魚介を使った醤油味へ発展したと紹介しています。

つまり旭川では、

養豚

豚骨をスープへ

魚介

豚骨の臭みを抑え、旨味を加える

地域の味覚

醤油を使った濃い味

厳しい寒さ

油を使って冷めにくくする

という複数の条件が重なっている。

札幌のように、

「一人の料理人が味噌ラーメンを考案した」

という分かりやすい起点とは違います。

旭川では、

その土地の産業、食材、気候、味覚に適応しながら、現在のラーメンへ育っていった

と見ることができます。

※旭川ラーメンのスープ、養豚、魚介、気候との関係については、旭川観光コンベンション協会などの情報を参考にしています。

札幌と旭川。同じ寒さでも、答えは同じにならなかった

ここで二都市を並べてみます。

札幌。

料理人の商品開発 × 製麺技術 × 寒さへの工夫。

旭川。

養豚 × 魚介 × 地域の味覚 × 寒さへの工夫。

どちらにも、

「寒い街で、熱いラーメンをおいしく食べてもらう」

という共通点があります。

しかし、出来上がったラーメンは違いました。

これは、とても重要なことだと思います。

同じ気候なら、同じ料理になるわけではない。

気候は、食文化を作る一つの条件です。

そこへ、

何が作られていたのか。

どんな店があったのか。

どんな技術があったのか。

地域の人が何を好んだのか。

さまざまなものが重なって、地域独自の料理になっていく。

食文化は、一つの理由だけでは説明できないのです。

そして函館。「塩」の歴史はもっと古い

三つ目は函館です。

函館を代表するラーメンは、

塩ラーメン。

透明感のあるスープ。

あっさりした味。

札幌の味噌、旭川の醤油とは、見た目からして大きく違います。

そして函館は、三都市の中でもラーメンの歴史をかなり古くまで遡ることができます。

函館は、幕末に開港した日本を代表する港町の一つです。

外国との交流が始まり、中国人も暮らすようになりました。

そうした中で、中国の麺料理が伝わったと考えられています。

明治17年には「南京そば」の広告があった

函館のラーメン史でよく紹介されるのが、1884年、明治17年の新聞広告です。

当時の函館新聞に、

「南京そば」

という料理の広告が掲載されていました。

これが日本最初のラーメンだった可能性も指摘されています。

ただし、どのような料理だったのかを示す十分な資料はなく、

現在のラーメンと同じものだったのかは断定できません。

ここは慎重に考える必要があります。

それでも、明治時代の函館に中国由来と考えられる麺料理が存在していたことは、とても興味深いことです。

港が開かれる。

人が入ってくる。

食文化も入ってくる。

そして街の中へ定着していく。

函館ラーメンの背景には、

開港都市としての歴史

があることは間違いなさそうです。

でも、「なぜ塩なのか?」は簡単には分からない

ここで今回の記事の一番難しい問題が出てきます。

なぜ函館では、

塩ラーメン

になったのでしょうか。

「港町だったから」

「中国料理の影響を受けたから」

と説明すれば簡単です。

しかし、

開港したことと、塩味になったことは同じ話ではありません。

今回、函館市や北海道などの公式観光情報を中心に調べてみました。

函館では古くから中華麺文化が存在していたこと。

現在では、澄んだスープの塩ラーメンが函館を代表する味として定着していること。

そこまでは確認できます。

しかし、

「なぜ函館では醤油でも味噌でもなく、塩味が定着したのか」

を明確に説明できる資料までは、今回確認できませんでした。

だから、ここは無理に物語を作らないことにします。

分からないことも、食文化の面白さなのかもしれない

地域の食文化を調べていると、

「○年に、誰が作った」

とはっきり分かるものがあります。

札幌味噌ラーメンは、その代表です。

一方で、長い時間をかけて地域に根付き、

なぜ現在の形になったのか、明確な記録が残っていないもの

もあります。

函館塩ラーメンは、少なくとも今回確認した範囲では、こちらに近いように感じます。

開港都市だった。

早くから中華麺文化が入った。

そして、澄んだ塩味のラーメンが地域で長く食べられてきた。

その積み重ねによって、

「函館といえば塩ラーメン」

という文化になった。

理由が一つに説明できないからといって、地域文化としての価値が弱いわけではありません。

むしろ、

誰が始めたのかさえ分からないほど地域の日常に溶け込んできた食文化もある。

そう考えると、それもまた面白いことだと思います。

※函館の「南京そば」や塩ラーメンの歴史については、函館市公式観光情報、北海道観光情報、農林水産省などを参考にしています。発祥や「塩味が定着した理由」については諸説があるため、本記事では特定の説を断定していません。

三都市では、食文化の「生まれ方」まで違っていた

ここまで三都市を見てきました。

札幌。

一人の料理人の商品開発から味噌ラーメンが生まれ、それに製麺技術や寒冷地での工夫が加わり、街の文化になった。

旭川。

地域の養豚、魚介、寒さ、人々の味覚などに適応しながら、醤油ラーメンが地域の味へ育っていった。

函館。

開港都市として早くから中華麺文化が入り、長い時間の中で塩ラーメンが地域を代表する味として定着した。ただし、なぜ塩なのかは簡単には断定できない。

同じ北海道。

同じラーメン。

それなのに、

味だけではなく、食文化の生まれ方まで違っている。

これが北海道三大ラーメンの面白さなのだと思います。

地域文化は、必ずしも昔からあるものではない

札幌味噌ラーメンを見ると、地域文化についてもう一つ考えさせられます。

「地域文化」と聞くと、

何百年も続いているもの。

昔から地域の人が食べているもの。

伝統的な郷土料理。

そんなものを想像します。

しかし、必ずしもそうではありません。

一軒の店が新しい料理を作る。

お客様に支持される。

ほかの店にも広がる。

街を代表する料理になる。

全国に知られる。

そして観光客が、

「本場で食べてみたい」

と訪れる。

こうして、新しい地域文化が作られることもあります。

つまり、

今ある繁盛店の看板商品が、何十年後かにはその街を代表する食文化になっている可能性もある。

飲食店が地域に与える影響は、その店の売上だけではないのです。

一方で、理由さえ分からないほど古い食文化もある

その対極にあるのが、函館の塩ラーメンなのかもしれません。

札幌味噌ラーメンには、誰が作ったのかという物語があります。

しかし函館では、なぜ塩味が定着したのかを簡単には説明できません。

それでも地域では、長く塩ラーメンが食べられてきた。

そして現在では、

「函館へ行ったら塩ラーメン」

というほど街のイメージと結びついています。

地域文化には、

新しく生まれ、育っていくもの。

そして、

いつ始まったのかさえ曖昧になるほど、長く受け継がれてきたもの。

その両方があるのだと思います。

「北海道だから」で括ると、本当の面白さが消えてしまう

北海道は広い。

札幌。

旭川。

函館。

同じ北海道という行政区分の中にあります。

しかし、街の歴史は違います。

産業も違います。

人の行き来も違います。

地域で手に入るものも違います。

そして、そこで育ったラーメンも違う。

だから、

「北海道は寒いから、こういうラーメンになった」

と一つの理由で説明してしまうと、地域ごとの面白さを消してしまいます。

同じ気候条件があっても、そこへ何が重なるかによって、食文化は違う方向へ育っていく。

北海道三大ラーメンは、そのことをとても分かりやすく見せてくれます。

三つの違いがあるから、北海道を食べ歩きたくなる

そして、この違いは観光という面でも大きな価値になります。

札幌へ行ったら、味噌ラーメンを食べたい。

旭川へ行ったら、醤油ラーメンを食べたい。

函館へ行ったら、塩ラーメンを食べたい。

もし北海道のラーメンが、どこへ行っても同じだったら、

「別の街でも食べてみよう」

という理由は弱くなります。

しかし、街によって違う。

だから、

「札幌で食べた。今度は旭川でも食べてみたい」

という興味が生まれる。

食文化の違いが、街から街へ移動する理由になります。

つまり、

地域ごとの違いそのものが、観光資源になる。

これは新潟5大ラーメンを調べたときにも感じたことでした。

ラーメンを食べることは、街の歴史を少しだけ味わうこと

札幌の味噌ラーメンを食べる。

そこには、一人の料理人の商品開発と、それを支えた製麺技術があります。

旭川の醤油ラーメンを食べる。

そこには、養豚、魚介、厳しい寒さ、地域の味覚があります。

函館の塩ラーメンを食べる。

そこには、開港都市として外から食文化を受け入れてきた歴史があります。

ただ三種類のラーメンを食べ比べているようで、

実は三つの街の違いを食べ比べている。

そう考えると、ローカルフードはもっと面白くなります。

地域の違いを消さないことが、旅の楽しみをつくる

札幌は味噌。

旭川は醤油。

函館は塩。

どれが北海道ラーメンとして正しいのでしょうか。

おそらく、そんな問い自体にあまり意味はありません。

札幌では札幌のラーメンが育ち、旭川では旭川のラーメンが育ち、函館では函館のラーメンが育った。

それでいいのだと思います。

むしろ、その違いがあるから旅は面白い。

同じ北海道の中でも、街を移動すると違う食文化に出会える。

そして、

「なぜ、この街ではこの味なんだろう?」

と考えてみると、その向こう側に街の歴史や産業、人々の暮らしが見えてきます。

気候が食文化をつくるのではありません。

気候も、産業も、食材も、人も、店も、技術も、街の歴史も。

さまざまなものが重なりながら、地域の食文化は育っていく。

そして、その違いがローカルフードになり、

「この街へ行って、この味を食べてみたい」

という観光の楽しみになっていく。

北海道三大ラーメンは、そのことを教えてくれる、とても面白い食文化なのだと思います。

この記事で参考にした主な情報

この記事では、北海道三大ラーメンの歴史や地域文化との関係について、以下の公式情報などを中心に確認しています。

・札幌味噌ラーメン:札幌観光協会、札幌観光公式情報など

・札幌ラーメンの麺・製麺技術:札幌観光関連情報、製麺文化に関する公開資料など

・旭川ラーメン:旭川観光コンベンション協会など

・函館塩ラーメン:函館市公式観光情報、北海道観光情報、農林水産省など

※北海道三大ラーメンの発祥や発展については複数の説があります。本記事では、行政・観光関連団体などが公表している情報を中心に確認しています。また、函館で塩味が定着した理由については、今回確認できた資料だけでは明確に断定できなかったため、特定の説を事実として扱っていません。

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