なぜ「和」の街・京都で、パン文化がこれほど根付いたのか?
京都と聞いて、どんな食べ物を思い浮かべるでしょうか。
京料理。
湯豆腐。
おばんざい。
和菓子。
抹茶。
観光客から見た京都には、圧倒的な「和」のイメージがあります。
ところが、京都で暮らす人たちの日常へ目を向けてみると、少し違った京都が見えてきます。
その代表的なものが「パン」です。
京都は、パンへの支出が多い地域として以前から知られています。
さらに過去の統計では、人口に対するパン店の数が多い都市としても紹介されてきました。
実際、京都の街を歩いていると、昔から続くパン屋から小さなベーカリーまで、本当に多くの店を見かけます。
では、なぜ「和」のイメージがこれほど強い京都に、パン文化がここまで根付いたのでしょうか。
調べてみると、
「これが原因です」
と一つだけで説明できるものではなさそうです。
しかし、京都という街の歴史や、そこで暮らしてきた人たちを見ていくと、いくつかの興味深い背景が見えてきます。
京都は「伝統を守る街」であると同時に、「新しいものを取り込む街」
京都というと、
「伝統を大切にする街」
というイメージがあります。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、伝統を大切にすることと、新しいものを受け入れないことは同じではありません。
むしろ京都の歴史を見ていると、外から入ってきた文化を取り入れながら、自分たちの暮らしに合う形へ変えていく面白さがあります。
パンも、その一つなのかもしれません。
例えば、京都の老舗ベーカリー「進々堂」は1913年創業です。
創業者の続木斉氏は、その後フランスへ渡ってパンづくりを学び、帰国後、本格的なフランスパンの製造に取り組みました。
1930年には京都大学北門前に、フランスのカフェをイメージした店舗を開きます。
そこには、
学生たちに本当のパンとコーヒーを提供したい
という思いがあったと、進々堂の公式な社史で紹介されています。
その店はやがて学生や教授たちが集まる場所となり、「京大第二教室」と呼ばれるほどになったとされています。
ここには、
パン × コーヒー × 大学 × 知識人
という、いかにも京都らしい文化の交差を見ることができます。
※進々堂の創業や京都大学北門前店の歴史については、進々堂公式の社史を参考にしています。
「大学の街」であることは、パン文化と無関係ではなさそう
京都には、多くの大学があります。
そのため、街には昔から多くの学生や研究者、知識人が暮らしてきました。
若い人が多い。
外から人が入ってくる。
新しい文化や考え方に触れる機会も増える。
そして学生にとって、パンは非常に使いやすい食べ物です。
買いやすい。
持ち歩きやすい。
授業の合間にも食べられる。
一人でも食べやすい。
準備にも時間がかからない。
もちろん、
「大学生が多かったから京都のパン文化が生まれた」
と単純に断定することはできません。
しかし、進々堂と京都大学の歴史を見ても、大学とパン文化との間に接点があったことは確かです。
学生や研究者が多く暮らす都市であったことは、パンが日常に定着していくうえで、相性の良い環境の一つだったのではないでしょうか。
職人の街とパンの相性も面白い
京都は、学生の街であると同時に、職人の街でもあります。
西陣織をはじめ、さまざまな伝統産業を支える職人たちが暮らしてきました。
京都のパン文化について調べると、
「仕事の合間でも手軽に食べられるパンが職人たちに好まれた」
という説明を見かけることがあります。
確かに、パンという食べ物の特徴を考えると納得できる部分があります。
買っておける。
調理しなくても食べられる。
短い時間でも食べられる。
仕事の合間でも手に取りやすい。
ただし、職人が多かったことと京都のパン消費の多さとの直接的な因果関係については、確かな資料だけで説明し切れるわけではありません。
そのため、
「職人が多かったから京都はパンの街になった」
と断定するのではなく、
パンという食べ物が、職人を含む京都の働く人たちの日常と相性が良かった可能性がある
くらいに考えるのが適切だと思います。
パンは、そもそも日常生活に入り込みやすい
そして、もう一つ忘れてはいけないのが、パンそのものの便利さです。
朝起きて、ご飯を炊く。
味噌汁を作る。
おかずを用意する。
日本の伝統的な朝食を毎日きちんと準備しようとすれば、それなりの時間が必要です。
一方、パンなら買っておくことができます。
朝、袋から出して食べる。
少し焼く。
コーヒーを淹れる。
それだけでも朝食になります。
学生にも便利。
働く人にも便利。
家庭でも便利。
外から入ってきた食文化が地域に定着するためには、
「珍しい」
「おしゃれ」
だけでは足りません。
その土地で暮らしている人の日常に、本当に使いやすいこと。
これも大きな条件なのではないでしょうか。
京都に入ってきたパン文化が一時的な流行で終わらず、何世代にもわたって食べ続けられてきた背景には、パンという食べ物そのものが生活に取り入れやすかったこともあるように思います。
志津屋の「カルネ」は、外来文化が京都の日常になった象徴かもしれない
京都のパン文化を考えるうえで、もう一つ面白い商品があります。
志津屋の「カルネ」です。
志津屋は1948年に京都で創業したベーカリーです。
その代表商品の一つがカルネ。
丸いパンにハムと玉ねぎを挟んだ、とてもシンプルな商品です。
志津屋によると、カルネはドイツの「カイザーゼンメル」というパンをヒントに開発されたとされています。
つまり、ルーツをたどれば海外のパン文化です。
しかし現在、カルネを見て、
「ドイツのパンだ」
と考える京都の人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
むしろ、
「京都のパン」
として認識されています。
志津屋自身も、カルネを京都で長く親しまれてきた代表商品として紹介しています。
ここが、とても面白いと思います。
外から入ってきたものを、そのまま真似するだけではない。
京都で作る。
京都の人が食べる。
京都の暮らしに合う商品へ育てる。
そして何十年も食べ続けられる。
そうすると、もともと海外から来た文化だったものが、
いつの間にか、その土地の食文化になっていく。
カルネは、その象徴的な商品なのかもしれません。
※志津屋の創業、カルネの商品背景については志津屋公式情報を参考にしています。
これはパンだけの話ではない
そして、こうした京都の特徴は、パンだけに見られるものではありません。
京都には、中国料理を京都の嗜好に合わせて発展させた「京都中華」「京風中華」と呼ばれる独自の食文化もあります。
外から来た文化を受け入れ、京都の暮らしに合う形へ変えていく。
そんな京都という街の一面が、パン文化にも表れているのかもしれません。
「地域文化=その土地で生まれたもの」とは限らない
ここまで考えてみると、地域文化について一つ面白いことに気づきます。
私たちは「地域の食文化」と聞くと、
昔からその土地にあった料理。
その土地で採れた食材。
何百年も続く郷土料理。
そんなものを想像しがちです。
もちろん、それらは大切な地域文化です。
しかし、地域文化はそれだけなのでしょうか。
パンは京都で生まれた食べ物ではありません。
コーヒーもそうです。
洋菓子もそうです。
しかし、外から入ってきた文化を地域の人たちが受け入れ、自分たちの生活に合う形へ変え、何十年、何世代と楽しみ続ければ、
それも、その地域の文化になっていく。
私はそう考えます。
地域文化とは、
「どこで生まれたか」だけではなく、「その土地の人たちがどう育ててきたか」
によっても作られるのではないでしょうか。
観光客が見る京都と、京都人が暮らす京都は違う
そして、今回京都のパン文化を調べていて、もう一つ感じたことがあります。
観光客が見る京都と、京都人が暮らしている京都は違うということです。
観光客は、
寺社へ行く。
町家を見る。
京料理を食べる。
抹茶を飲む。
和菓子を買う。
そこには、確かに京都らしさがあります。
しかし、京都で暮らしている人たちは、毎日京料理を食べているわけではありません。
朝にパンを食べる。
お気に入りのパン屋へ行く。
カルネを買う。
コーヒーを飲む。
それもまた、京都の日常です。
つまり、
観光客から見た「京都らしさ」だけが、京都文化ではない。
ということです。
ここは、地域を考えるうえでとても重要だと思います。
地域を知りたければ、「住民の朝ごはん」を見てみる
観光地域の商品開発や地域ブランドを考えるとき、私たちはどうしても、
有名な観光地。
有名な郷土料理。
有名な特産品。
歴史ある建物。
といった「外から見て分かりやすい地域資源」を探します。
しかし、それだけでは地域の半分しか見えていないのかもしれません。
その街で暮らしている人は、普段何を食べているのか。
朝は何を食べるのか。
どこで買い物をするのか。
どんな店が昔から残っているのか。
何を当たり前のように買っているのか。
そこを見る。
京都のパン文化は、その面白さを教えてくれます。
観光客から見れば、
「なぜ京都でパン?」
です。
しかし、京都で暮らす人にとっては、
「昔から普通に食べていますけど」
なのかもしれません。
このギャップに、地域の面白さがあります。
地域の「普通」を知ると、街の違う顔が見えてくる
宇都宮、浜松、宮崎の餃子を調べたときも、同じことを感じました。
地域の人たちにとっては普通だった食生活が、全国と比較すると普通ではなかった。
そして、それが地域資源として発見されました。
京都のパンも似ています。
外から見れば「和の街」。
しかし住民の日常を見ると、パンが深く入り込んでいる。
そこには、観光パンフレットだけを見ていては分からない京都があります。
だから地域を知ろうとするとき、
歴史を調べる。
産業を調べる。
統計を見る。
そして、もう一つ。
そこで暮らしている人の日常を見る。
これが大切なのだと思います。
地域文化は、昔から残っているものの中だけにあるわけではありません。
外から入ってきた文化でも、その土地の人たちが選び、暮らしの中で育て、何世代にもわたって受け継いできたものなら、それも立派な地域文化です。
伝統の街・京都で、パンがこれほど愛されている。
一見すると不思議な組み合わせですが、もしかすると、
伝統を守りながら、新しい文化も取り込み、自分たちの日常へ変えていく。
そんな京都という街の一面が、パン文化に表れているのかもしれません。
この記事で参考にした主な情報
この記事では、京都のパン文化や老舗ベーカリーの歴史について、以下の公式情報・地域情報などを参考にしています。
・京都のパン文化:京都市公式観光情報など
・進々堂:進々堂公式サイト・社史
・志津屋・カルネ:志津屋公式サイト
・京都中華:京都市公式観光情報など
・パンへの支出など:総務省「家計調査」等
※京都でパン文化が発達した理由については、大学・学生、職人、生活習慣など複数の要因が指摘されていますが、単一の原因として確定しているものではありません。本記事では公式情報や地域資料を参考にしながら、京都という都市の特徴とパン文化との関係を考察しています。
