岩手県遠野市の高清水高原は、秋の早朝に幻想的な雲海を望める人気の観光スポットです。気象条件がそろえば、遠野盆地を覆う雲海と朝日が織りなす絶景を楽しむことができます。
ところが、この人気の観光資源には、ある課題がありました。
多くの人が雲海を見に訪れるものの、景色を楽しんだら、そのまま帰ってしまう。
さらに、早朝に自家用車が集中することで、狭い山道での交通混雑や路上駐車も発生していました。観光客は来ている。しかし、地域の飲食店や宿泊施設への経済効果は十分ではない。
この課題に対して、遠野市と地域DMOの遠野ふるさと商社が取り組んだのが、「雲海モーニング at 高清水高原」です。
雲海を見るだけの観光を、地域で消費する観光へ
2026年9月27日から11月1日まで実施された今回の実証事業では、雲海観賞に新しいサービスを組み合わせました。
| 取り組み | 目的 |
|---|---|
| 朝カフェ | コーヒーや軽食を楽しむ消費機会をつくる |
| 観光乗合タクシー | 安全な移動と市内宿泊につながる交通手段を提供 |
| 臨時駐車場 | 路上駐車を抑え、混雑を緩和 |
| 推奨通行ルート | 観光客と地域住民の安全を確保 |
期間中の日曜日には、遠野駅や市内宿泊施設と高清水高原を結ぶ早朝の乗合タクシーを運行。現地では、市内事業者によるコーヒーや軽食の販売も行われました。乗合タクシーの料金は片道1,200円、往復2,400円です。
単に絶景を見せるだけでなく、移動、飲食、宿泊を一つの観光体験として結びつけようとした点が特徴です。
なお、今回の事業は効果を検証する実証段階です。実際にどれだけ宿泊客や飲食売上が増えたかについては、今後の検証結果を待つ必要があります。
なぜ「朝カフェ」なのか?
今回の取り組みで、飲食店経営の視点から注目したいのが朝カフェです。雲海を見に来る人は、日の出前後の早い時間帯に訪れます。
つまり、一般的な飲食店のランチやディナーとは、まったく異なる時間帯に観光需要が発生しているのです。
この時間帯に温かいコーヒーや軽食を提供すれば、これまで飲食につながっていなかった観光客に、新しい利用機会をつくることができます。
重要なのは、観光客に何を売るかではなく、観光客がどのような時間を過ごしているかから商品を考えていることです。
例えば、雲海を見るために早起きした人にとって、冷えた体を温める一杯のコーヒーには、街中で飲むコーヒーとは違う価値があります。絶景を眺めながら過ごす朝の時間そのものが、商品の魅力を高めるのです。
さらに重要なのは、宿泊につながる仕組み
もう一つ注目したいのが、観光乗合タクシーと宿泊施設の連携です。雲海は早朝に発生する自然現象です。
遠方から訪れる観光客にとって、日の出前に現地へ到着するのは簡単ではありません。そこで、市内宿泊施設から早朝に出発する乗合タクシーを用意することで、前日に遠野へ宿泊するという選択肢をつくっています。
観光資源そのものを有料化するのではなく、その観光資源を楽しむために必要なサービスをつくる。
無料の雲海を有料にするのではありません。雲海を楽しむための移動、宿泊、飲食に新しい価値を生み出すのです。観光地全体で考えれば、一つの絶景をきっかけに、複数の事業者へ消費が広がる可能性があります。
観光客が来ているのに、売上につながらない理由
観光地の飲食店では、「観光客は多いのに、なぜうちの店には来ないのか」という悩みを耳にすることがあります。しかし、観光客が多いことと、飲食需要が発生することは同じではありません。
例えば、観光客が朝6時に景色を見に来て、8時には次の目的地へ移動してしまうのであれば、11時開店の飲食店には立ち寄る機会がありません。どれだけ魅力的な料理を用意していても、お客様の行動時間と営業時間が合っていなければ、売上にはつながらないのです。
遠野の取り組みは、観光客の行動に合わせて新しい消費機会をつくるという考え方を示しています。観光客を無理に既存の営業時間へ誘導するのではなく、観光客が実際に行動している時間にサービスを提供する。
これは、全国の観光地でも応用できる考え方ではないでしょうか。
観光地の飲食店が考えたい3つのこと
① 観光客は何時に、何をしているのか
まず、観光客の行動を時間帯別に考えます。朝の散策、午前中の観光、昼食、午後の休憩、夕方の移動など、観光客がどの時間に、どこで、何をしているかを把握することが出発点です。
既存の営業時間だけを前提にするのではなく、まだ対応できていない利用シーンがないかを考えます。
② その時間に、何を提供すれば喜ばれるのか
早朝の観光客に必要なのは、豪華なコース料理ではないかもしれません。温かい飲み物、手軽に食べられる朝食、持ち歩きやすい軽食など、その時間帯に合った商品が考えられます。
重要なのは、商品を先に決めるのではなく、お客様の行動と期待から考えることです。
③ その売上は、利益につながるのか
早朝営業を始めれば、必ず儲かるというわけではありません。販売数量が少なければ、スタッフの人件費や準備時間が負担になる場合もあります。
そのため、客数、客単価、商品別粗利益、必要な労働時間を見積もり、採算を確認する必要があります。例えば、コーヒーを100杯販売できる場合と20杯しか販売できない場合では、必要な運営方法も変わってきます。
最初から大規模な設備投資をするのではなく、営業日を限定したり、既存の仕込みを活用したりするなど、小さく試して検証する方法も考えられます。
原島純一の視点――観光資源があることと、売上になることは違う
観光地には、美しい景色、歴史的な建物、伝統行事、地域ならではの食文化など、さまざまな魅力があります。しかし、その魅力が存在するだけで、地域の飲食店の売上が増えるわけではありません。
私は、観光地の飲食店を考えるとき、「観光客が何人来ているか」だけでなく、「その観光客がどのような一日を過ごしているか」を大切にしたいと思っています。
例えば、観光客が早朝から行動している地域で、飲食店が昼食の時間帯だけを見ていたら、せっかくの需要を見逃しているかもしれません。
また、老舗飲食店には、長年培ってきた料理の技術や地域とのつながりがあります。それらを活かし、朝食、軽食、持ち帰り商品など、新しい利用シーンに対応することも考えられます。
ただし、新しい営業時間や商品を増やすこと自体が目的ではありません。お客様に喜ばれ、店舗に利益が残る仕組みをつくることが重要です。
今回の遠野の実証事業は、無料の絶景を無理に有料化するのではなく、その周辺に新しい価値をつくろうとする取り組みです。
私は、観光地の売上改善とは、観光客をただ増やすことではなく、観光客の行動を理解し、その時間に必要とされる価値を提供することから始まると考えています。
参考資料:遠野ふるさと商社「雲海モーニング at 高清水高原」実証事業発表(2026年9月11日)、遠野市観光情報サイト「遠野時間」雲海モーニング特集、遠野テレビ「『雲海』を持続可能な観光資源に」(2026年10月15日放送)。
