地域から学ぶ|特別連載 第4回/全6回 日本の豚肉、その価値の秘密。~品種・飼料・風土が育てたブランド豚の物語~

川越のさつまいも、香川のオリーブ、鹿児島のお茶。生産者の工夫が育てた豚肉の個性

「この豚は、地元のさつまいもを食べて育ちました」「こちらは、オリーブ油を搾った後の果実を飼料に使っています」「お茶の成分を取り入れた飼料で育てた豚肉です」

そんな説明を聞くと、ただの豚肉とは少し違って感じられませんか。

同じ豚肉でも、何を食べて育ったのかによって肉質や脂の特徴は変わります。しかし今回注目したいのは、肉質の違いだけではありません。

なぜ、その地域の生産者は、その食材を豚に食べさせようと考えたのでしょうか。

川越ならさつまいも。香川ならオリーブ。鹿児島ならお茶。青森ならお米。

そこには農産物を無駄なく使いたいという思い、新しい肉質を追求する工夫、地域の農業を支える取り組みなど、さまざまな背景があります。こうして生まれた豚肉をその土地で味わうことは、旅の楽しみにもなります。

目次

1. 川越・小江戸黒豚――さつまいもの街が育てた黒豚

埼玉県川越市といえば、小江戸の街並みとさつまいも。江戸時代からの産地として知られ、芋菓子や焼き芋は観光客にも親しまれています。

その川越で、地元のさつまいもを食べて育つのが「小江戸黒豚」です。大野農場ではバークシャー種を育て、さつまいもやパン、乳製品由来の原料などを活用した飼料づくりに取り組んでいます。

なぜ、さつまいもを食べさせるのでしょうか。川越はさつまいもを作り、売り、加工してきた地域。その資源を養豚にも利用することで、地域の農業や食品産業がつながります。規格外品や食品由来の資源を飼料に利用するエコフィードは、食品ロスの削減にもつながります。

大野農場では加工品や直営レストランも展開しています。川越のさつまいもで育った黒豚を、川越を訪れた人が食べる。地域の名産品が、もう一つの名物を育てているのです。

地域の名産品が、別の地域名物を育てている。

2. 香川・オリーブ豚――搾油後の果実から生まれた新しい名物

香川県、特に小豆島はオリーブ栽培で知られています。オリーブ油を搾ると残る果実を、何かに生かせないだろうか。その発想から生まれたのがオリーブ飼料です。

香川県では搾油後の果実を乾燥させ、家畜の飼料に利用しています。未利用資源の活用が、新しい畜産ブランドにつながりました。

「オリーブ夢豚」は讃岐夢豚にオリーブ飼料を与えたもの。「オリーブ豚」は香川県産の豚にオリーブ飼料を与えたものです。品種と飼料を組み合わせる方法と、飼料を共通の特徴とする方法があるのです。

香川県はオリーブ飼料によって、旨味や甘味に関係する成分、特に果糖が増加したと発表しています。オリーブ牛やオリーブ地鶏にも広がる取り組みは、一つの農産物が地域全体の食の魅力を育てる例です。

未利用資源が、新しい地域ブランドを生み出した。

3. 鹿児島・茶美豚――お茶の産地が考えた、新しい豚肉づくり

鹿児島は黒豚だけでなく、お茶の主要産地でもあります。そのお茶の成分を飼料に取り入れたのが「茶美豚(チャーミートン)」です。

緑茶粉末やカテキン、さつまいもなどを含む専用飼料で育てています。JA鹿児島県経済連は、カテキンの抗酸化作用や消臭作用、ビタミンEなどに着目し、臭みが少なく旨味のある豚肉と紹介しています。

鹿児島黒豚がバークシャー種という品種を中心に価値を育ててきたのに対し、茶美豚はお茶の成分に着目した飼料が特徴です。同じ地域でもブランドづくりの発想は一つではありません。

同じ産地でも、ブランドを育てる方法は違う。

4. 青森・つがる豚――米どころの農業と養豚をつなぐ

青森県津軽地方は米づくりが盛んな地域。そのお米を飼料に利用しているのが木村牧場の「つがる豚」です。

木村牧場によると、2008年の配合飼料価格高騰を受け、飼料の見直しと品質向上を検討したことが、地元産飼料用米を使い始めるきっかけになりました。

経営課題を解決するために地域の資源を見直した結果、米農家と養豚が結びついたのです。飼料には米を4~6割利用し、津軽りんごの搾りかすなども組み合わせていると紹介しています。

豚のふんを堆肥として活用する取り組みもあります。米を作り、豚を育て、農業に資源を戻す。地域の農業と畜産が支え合う仕組みです。地域のイベントでつがる豚を味わえることも、食文化の魅力になっています。

地域の米づくりと養豚が、互いを支えている。

5. スペイン・イベリコ豚――どんぐりの森が育てた食文化

海外にも、食べるものがブランドの特徴になる豚肉があります。スペインのイベリコ豚です。

「ベジョータ」という区分では、デエサと呼ばれる樫の木の広がる放牧地で、どんぐりや草などを食べて育ちます。

なぜどんぐりなのでしょうか。そこにはもともと樫の森があり、秋冬に落ちる実を放牧豚が利用する暮らしがありました。自然環境と飼育文化が一体になっているのです。

イベリコ豚はすべてがベジョータではなく、血統割合や飼育方法、餌による区分があります。どんぐりは単なる珍しい飼料ではなく、土地の森林と放牧文化を象徴しています。

森林と放牧という風土が、ブランドの価値になっている。

6. 地域の農業が、豚肉のブランドを育てている

ここまで紹介した事例を整理してみましょう。

地域ブランド飼料背景
埼玉・川越小江戸黒豚さつまいも・パンなど農産物・食品資源の活用
香川オリーブ豚・オリーブ夢豚オリーブ搾油後の果実未利用資源の活用
鹿児島茶美豚緑茶・さつまいもなど茶の成分に着目した開発
青森・津軽つがる豚飼料用米・りんご搾りかす飼料価格への対応と農業連携
スペインイベリコ豚(ベジョータ)どんぐり・草など森林と放牧文化

川越ではさつまいも、香川ではオリーブ、鹿児島ではお茶、津軽ではお米、スペインではどんぐり。それぞれの土地で、飼料を選んだ理由は違います。肉質を良くしたい、未利用資源を活用したい、農業と畜産を結びつけたい。そうした目的が重なり、独自のブランドが育ってきました。

豚に何を食べさせるかという選択には、その土地ならではの理由があるのです。

7. その土地で育ったものを食べた豚を、その土地で味わう

今回の事例を調べながら、観光地の飲食店にとっても興味深いことだと感じました。

川越を訪れた観光客がさつまいもを使ったお菓子を楽しみ、昼食には川越のさつまいもを飼料に利用した小江戸黒豚を食べる。どちらも川越の食文化です。

香川でも、オリーブを使った商品だけでなく、オリーブ飼料で育った豚肉を楽しむことができます。

なぜこの土地で生まれたのか。どんな農産物を使っているのか。どんな生産者の工夫があるのか。その物語を知ることで料理の楽しみ方が広がります。

飲食店にとっても「国産豚肉使用」と紹介するより、「川越名産のさつまいもを飼料に利用して育てた小江戸黒豚です」と伝えた方が、その土地で食べる意味が伝わります。

料理がおいしいことは大前提です。しかし観光地では、それに加えて「なぜ、この土地でこの料理を食べるのか」という理由が大切になります。

地域の農業や生産者の物語が加わることで、旅先で選びたくなる一皿に変わる可能性があります。

豚肉のブランドは、畑から始まっている

第1回では三元豚の交配を、第2回では鹿児島黒豚の歴史を、第3回ではTOKYO Xの品種開発を紹介しました。

今回、豚が食べるものを調べると、豚肉のブランドづくりにはさらに広い世界があることが分かりました。

地域の畑で育つさつまいも。オリーブ油を搾った後に残る果実。お茶の産地で生まれた飼料の工夫。米づくりと養豚をつなぐ仕組み。そして、どんぐりが実る森。

その土地の自然や農業、生産者の知恵が、豚肉の個性を育てています。

その土地で育ったものを食べて育つ豚。その豚を、今度はその土地を訪れた人が味わう。

そこに、地域の食文化の新しい魅力が生まれるのだと思います。

次回予告|同じ三元豚なのに、なぜ味が違うのか

第5回では、もう一度三元豚に戻ります。

同じランドレース・大ヨークシャー・デュロックの組み合わせでも、なぜ銘柄によって味や価格が違うのでしょうか。

品種の中の系統、肥育期間、飼育環境、品質基準などを比較し、ブランド豚の個性がどのように生まれるのかを探ります。

同じ三元豚でも、育て方によって違う価値が生まれる。

主な参考資料

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