地域から学ぶ|特別連載 第3回/全6回 日本の豚肉、その価値の秘密。 TOKYO Xは、なぜ東京で生まれたのか――3つの品種から生まれた新しい豚肉の価値

大量生産とは違う道を選んだ、東京の品種改良とブランドづくり

第1回では、ランドレース・大ヨークシャー・デュロックを掛け合わせる三元豚を紹介しました。

第2回では、バークシャー種を守り、さつまいもを使った飼料や生産基準によってブランドを育ててきた鹿児島黒豚を取り上げました。

そして今回の主役は、東京生まれのブランド豚「TOKYO X(トウキョウエックス)」です。

東京と聞くと、農業や養豚よりも大都市のイメージが強いかもしれません。しかし、その東京で肉質を重視した新しい豚の開発が行われました。

しかも、TOKYO Xにも3つの品種が関係しています。では、一般的な三元豚とは何が違うのでしょうか。なぜ東京都は、新しい豚を開発しようと考えたのでしょうか。

ここを解き明かすと、品種改良と地域ブランドづくりの関係が見えてきます。

目次

1. 東京で養豚を続けるために、何が必要だったのか

TOKYO Xの開発が始まったのは1990年です。

当時の東京では、都市化によって住宅地が広がり、養豚農家が規模を拡大することは簡単ではありませんでした。さらに輸入豚肉との競争もありました。

一般的な豚肉を大量に生産し、価格で競争するだけでは、都市部の養豚経営は厳しくなります。

そこで東京都畜産試験場が目指したのは、肉質で差別化できる東京独自の高付加価値な豚肉でした。

東京都はそれ以前にもランドレース種の系統豚「エド」を開発していました。しかし、さらに明確な品質の違いを持つ豚肉が必要だと考えたのです。

東京だからこそ、大量生産ではなく、独自の品質で選ばれる豚肉を作ろうとした。

TOKYO Xは単に東京という名前を付けたブランドではありません。都市の養豚が抱えていた経営上の課題から生まれた、新しい品種づくりへの挑戦だったのです。

2. きっかけは、中国で出会った北京黒豚だった

ここには、さらに面白い誕生の物語があります。

東京都農林水産振興財団が公開している開発担当者の回想によると、きっかけは1986年の中国訪問でした。

畜産指導のため中国を訪れた研究者が、現地で北京黒豚の肉を食べ、そのきめ細かさ、食感、味わいに驚いたといいます。

その経験から、日本でもこれまでにない肉質の豚を作れないかと考えたことが、開発の出発点になりました。

選ばれたのは北京黒豚、バークシャー、デュロックの3品種です。北京黒豚には脂肪の質、バークシャーにはきめ細かな肉質、デュロックには筋肉内脂肪交雑などが期待されました。

一般的なLWD三元豚は、繁殖能力や発育、肉質を組み合わせて生産します。一方TOKYO Xは、肉のおいしさを形づくる特徴を持つ3品種から、新しい系統を作ろうとしたのです。

3. TOKYO Xは、普通の三元豚とは何が違うのか

ここが今回、最も誤解してはいけない部分です。

一般的な三元豚は、ランドレースと大ヨークシャーから生まれた母豚にデュロックを掛け合わせて食肉用の豚を生産します。

一方、TOKYO Xは3品種を掛け合わせて終わりではありません。

1990年から7年間、交配した豚の中から望ましい特徴を持つ個体を選び、5世代にわたって選抜を重ね、一つの合成系統豚として確立したのです。

1997年には、日本初の合成系統豚として認定されました。

一般的なLWD三元豚は、3品種の交雑を利用して食肉用の子豚を生産します。TOKYO Xは、3品種を基礎として世代を重ねて造成した系統であり、TOKYO X同士を交配して肉豚を生産します。

開発当初は一般的な三元交配の父豚として利用する構想もありましたが、肉質の特徴を生かすため、TOKYO X同士を交配する方式が採用されました。

3品種を使って作った豚だからといって、一般的な三元豚と同じ仕組みではないのです。

4. なぜ「霜降りの豚肉」を目指したのか

牛肉では、赤身の中に細かく脂肪が入った「サシ」が品質の特徴として知られています。TOKYO Xの開発では、豚肉でも筋肉内脂肪を重視しました。

東京都の開発資料によると、選抜には発育、背脂肪の厚さ、ロースの断面積、筋肉内脂肪交雑率という4つの指標が用いられています。

開発過程で筋肉内脂肪交雑率は当初の約2.7%から、第5世代では約5%に高まりました。これは系統造成試験の値で、現在流通する全個体の測定値ではありません。

ただし、サシが多ければ無条件においしいというわけではありません。食味には脂肪の性質、肉の柔らかさ、香り、調理方法なども関係します。

それでも、数値で肉質を評価しながら新しい系統を作ったことは、TOKYO Xの特徴です。

5. 育てるのは簡単ではない。それでも東京に合っていた

TOKYO Xには生産面での難しさもあります。

東京都の地域資源紹介によると、一般的な豚と比較して産子数が少なく、出荷までの期間も長い傾向があります。

目安として、一般的な豚の出荷が生後約6か月なのに対し、TOKYO Xは約7か月と紹介されています。

普通に考えれば、生産効率の面では不利です。しかし、ここに東京という地域の事情が重なります。

土地に制約のある都市部では、飼育頭数を大幅に増やすことが難しい。そこで、一頭当たりの価値を高めることが経営の選択肢になるのです。

開発担当者の回想でも、小規模な養豚農家がTOKYO Xによって経営を続けられた事例が紹介されています。

鹿児島では長年育ててきた品種と食文化を守り、東京では都市化という条件の中で新しい系統を開発して付加価値を生み出そうとしたのです。

6. TOKYO Xの「X」には、どんな意味があるのか

実は、名前にも開発の物語が残っています。

東京都の公式資料によると、「X」には交雑を意味するクロスと、未知の可能性という二つの意味があります。

さらに開発担当者の回想では、開発当時、関係者の間で未知の豚を作るという意味から「X」と呼ばれていたことも紹介されています。

新しい品種を作ろうとした開発者たちの挑戦が、ブランド名にも込められているのです。

7. 東京の養豚から生まれた、新しいブランドの形

ここまで見てくると、TOKYO Xの価値は単に霜降りの豚肉ということだけではないと分かります。

輸入豚肉との競争。都市化による養豚経営の制約。中国で出会った北京黒豚。肉質の異なる3品種の組み合わせ。7年間にわたる選抜と改良。そして、生産者・行政・流通が連携したブランドづくり。

こうした背景が一つにつながって、TOKYO Xが生まれました。

地域ブランドは、その土地で昔から作られてきたものだけではありません。地域が抱える条件を見つめ、そこに合った新しい商品を開発することでも生まれます。

鹿児島黒豚とTOKYO Xを並べると、その違いがよく分かります。

一方は歴史ある品種と地域文化を育ててきたブランド。もう一方は都市の養豚を支えるために新しい系統を開発したブランド。

どちらにも、生産者と関係者の工夫が積み重なっています。

次回予告|豚は何を食べて育ったかで変わるのか

第4回は、今回の連載で特に掘り下げたい「飼料」の話です。

川越の小江戸黒豚とさつまいも。香川のオリーブ豚とオリーブ。鹿児島の茶美豚とお茶。そして、スペインのイベリコ豚とどんぐり。

なぜ地域の農産物を豚に食べさせるようになったのか。それは肉質やブランド価値にどうつながったのか。

次回は、地域の農業と養豚が結びついて生まれたブランド豚の物語を追いかけます。

主な参考資料

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