なぜ後継者は「自分の店」にしたくなるのか?
事業承継をした後継者と話していると、
「自分の代で店を変えたい。」
「新しいことをやりたい。」
「今までとは違う店にしたい。」
そんな言葉を聞くことがあります。
私は、この気持ちはとても自然なものだと思っています。
店を継いだ以上、これからの経営責任を負うのは自分です。
売上が下がれば、自分の責任。
利益が出なければ、自分の責任。
従業員の生活も背負わなければならない。
それなのに、
店の中を見渡せば、
先代が決めたメニュー。
先代が選んだ仕入先。
先代がつくった店。
先代から働いている従業員。
昔からのお客様。
そこには、
自分が決めたものが、ほとんどない。
だから、
「自分がこの店を継いだ意味をつくりたい。」
と思う。
私は、それ自体は決して悪いことではないと思っています。
むしろ、
店を良くしたいという意欲の表れでもあります。
後継者は、いつも先代と比べられる
事業承継には、独立開業にはない難しさがあります。
ゼロから自分の店をつくるのであれば、
店名も、
料理も、
価格も、
店づくりも、
自分で決めることができます。
でも事業承継は違います。
すでに店があります。
そして、そこには長い歴史があります。
常連客から、
「昔はこうだった。」
「お父さんの頃はこうだった。」
と言われることもあるでしょう。
従業員から、
「先代はこうしていました。」
と言われることもあります。
取引先も、先代との長い付き合いがあります。
後継者は経営者になったのに、
周囲にはずっと、
先代の存在が残っています。
だからこそ、
「自分らしさを出したい。」
と思うのは、ある意味当然のことです。
「変えたい」という気持ちは悪くない
私は、
後継者が店を変えようとすること自体を、否定したくありません。
時代は変わります。
お客様も変わります。
働く人も変わります。
原材料も変わります。
情報の探し方も変わります。
予約方法も変わります。
観光客の行動も変わります。
先代とまったく同じ経営を続けていれば、店が残るとは限りません。
だから、
メニューを変える。
価格を変える。
店を改装する。
新しい商品をつくる。
ホームページをつくる。
SNSを始める。
新しい客層に挑戦する。
そうした変化は必要です。
むしろ、
変わらないために、変えなければならないことがあります。
問題は「何を変えるか」
では、何が問題なのでしょうか。
私は、
変えることではなく、何を変えるか
だと思っています。
後継者が、
「古いから。」
「今風ではないから。」
「自分は好きではないから。」
という理由だけで変えてしまう。
そこに危険があります。
なぜなら、
後継者には価値がないように見えているものが、
お客様にとっては、その店を選んできた理由かもしれないからです。
お客様が好きだったものまで変えていないか
例えば、
昔からある料理。
古い暖簾。
店頭の花。
季節のしつらえ。
料理に添えられる小さなあしらい。
常連客への声掛け。
食後のお茶。
お客様へのお礼状。
後継者からすると、
「そんなことまで続ける必要があるのかな。」
と思うものがあるかもしれません。
でも、
お客様はそれを目的に来店しているわけではなくても、
それらを含めて、その店を好きになっていた
可能性があります。
一つひとつは、小さなことです。
だから、なくしてもすぐに売上は落ちないかもしれません。
でも、
一つ消える。
また一つ消える。
少しずつ店の空気が変わる。
そして、ある日お客様が、
「なんとなく、昔と変わったね。」
と感じる。
以前書いた「常連客が少しずつ店から離れていく」という話にも、ここはつながっています。
変える前に「なぜ?」を考える
だから私は、事業承継したお店では、
何かを変える前に、
「なぜ、これは今まで続いてきたのだろう。」
と一度考えてほしいと思っています。
なぜ、この料理が残っているのか。
なぜ、この仕入先と長く付き合っているのか。
なぜ、この暖簾なのか。
なぜ、この接客をしているのか。
なぜ、常連客はこの店へ来てくれているのか。
昔からやっていることには、
単なる惰性もあるでしょう。
本当に意味がなくなっているものもあります。
それなら変えればいい。
でも中には、
長く続いてきたからこそ見えなくなっている価値
があります。
それを知らずに変えてしまうことが、一番もったいないのです。
「先代がやっていたから残す」でもない
反対に、
先代がやっていたことを、すべて残せばいいわけでもありません。
「先代がやっていたから。」
「昔からこうだから。」
という理由だけで続ける。
これも違います。
時代に合わなくなったやり方。
お客様が求めなくなったもの。
従業員に大きな負担をかけているもの。
利益を圧迫しているもの。
今の衛生基準や労働環境に合わないもの。
こうしたものは変える必要があります。
だから事業承継で必要なのは、
残すか、変えるかの二択ではありません。
一つひとつ、
「これは何のためにあるのか。」
を考えることです。
先代と同じ店をつくる必要はない
後継者は、先代のコピーになる必要はありません。
むしろ、それでは事業承継とは言えないと思います。
時代が違う。
人も違う。
後継者には後継者の強みがあります。
新しい感覚。
新しい知識。
新しい技術。
新しい人脈。
そして、
自分だからこそできること
があります。
それは、どんどん加えていい。
ただし、
先代が築いてきた価値を全部消して、その上に自分の店をつくるのではない。
受け継いだ価値を土台にして、自分の強みを加えていく。
私は、それが事業承継だと思っています。
「自分らしさ」と「先代を否定すること」は違う
ここは、とても大切です。
自分らしい店にしたい。
その気持ちは大事です。
でも、
自分らしさを出すために、
先代と違うことをしなければならないわけではありません。
先代が大切にしてきたものを残しても、
そこに自分の考えを加えることはできます。
昔からの料理を残しながら、見せ方を変える。
昔からの建物を残しながら、使いやすくする。
昔からの接客を残しながら、働き方を改善する。
昔からの常連客を大切にしながら、新しい観光客にも来てもらう。
つまり、
「守る」と「変える」は、反対ではありません。
両方できます。
老舗の価値は、後継者が再発見することもある
そして私は、事業承継には面白いところもあると思っています。
先代にとって当たり前だったことを、
後継者だからこそ、
「これって、実はすごいことなんじゃないか。」
と気づくことがあります。
何十年も付き合っている生産者。
代々受け継がれてきた料理。
地域との関係。
古い建物。
常連客とのつながり。
先代にとっては日常だったものを、
後継者が新しい視点で価値として見つけ直す。
そして、
ホームページで伝える。
SNSで発信する。
観光客に伝える。
外国人観光客にも分かるようにする。
そうすれば、
昔からある価値を、今の時代の価値に変えることができます。
これも後継者だからできることです。
「自分の店」にするとは、すべてを変えることではない
では、
後継者が「自分の店」にするとは、どういうことでしょうか。
私は、
店名を変えることでも、
メニューを全部変えることでも、
店を全面改装することでもないと思っています。
先代から受け継いだものを理解する。
その中から、残すべき価値を見つける。
今の時代に合わないものは変える。
そして、
自分だからこそできる新しい価値を加える。
その積み重ねによって、
少しずつ、
「自分の代の店」
になっていく。
私は、それでいいと思っています。
原島純一の視点
事業承継した後継者が、
「自分の店にしたい。」
と思うことを、私は悪いとは思いません。
むしろ、
店を良くしたい。
自分の代で成長させたい。
自分が継いだ意味をつくりたい。
そんな前向きな気持ちだと思っています。
だから、変えていい。
新しいことにも、どんどん挑戦していい。
でも、その前に一つだけ考えてほしいのです。
「なぜ、この店は今までお客様から選ばれてきたのだろう。」
その答えを知らないまま変えることは、少し怖い。
自分には価値がないように見えていたものが、
お客様にとっては大切なものだったかもしれません。
だから、
先代をそのまま真似する必要はありません。
反対に、
先代と違うことをする必要もありません。
大切なのは、
この店が長い年月をかけて築いてきた価値を知ること。
そのうえで、
自分の時代に合ったやり方へ変えていく。
私は、
事業承継とは、先代の店を「自分の店」に塗り替えることではない
と思っています。
受け継いだ価値の上に、自分の時代を積み重ねること。
そうやって少しずつ、
先代の時代にはなかった新しい価値が加わり、
次の世代へつながる店になっていく。
私は、それが事業承継だと考えています。
