相模湾の地形、定置網漁、根付きのアジ。そして漁師料理から生まれた名物
小田原と聞いて、どんな食べ物を思い浮かべるでしょうか。
かまぼこ、干物、そしてアジ。
小田原漁港周辺の飲食店では、アジのたたき、アジフライ、アジの刺身など、さまざまなアジ料理が提供されています。
小田原市では、2001年にアジを「市の魚」に指定しています。それほど小田原とアジの結びつきは強いのです。
しかし、考えてみると不思議です。
アジは全国の海で獲れる魚です。長崎や大分など、アジで知られる地域もあります。
では、なぜ小田原でもアジが名物になったのでしょうか。
その理由を調べていくと、相模湾の特殊な地形、長い歴史を持つ定置網漁業、そして小田原の漁師たちの食文化が見えてきました。
さらに驚いたのは、かつて小田原はアジよりもブリで有名だったということです。
小田原の海は、岸から急に深くなる
小田原の魚を理解するうえで、最初に知っておきたいのが相模湾の地形です。
小田原市によると、小田原沖は岸から急に深くなる地形で、沖へ1,500メートルほど離れると水深が約200メートルに達します。
これは小田原の漁業にとって、重要な特徴です。
一般的に、沿岸から遠くまで浅い海が続く地域と、岸の近くから急に深くなる地域では、利用できる漁場や漁法が違ってきます。
小田原では、この急深な海底地形に適した定置網漁業が発達しました。
定置網とは、魚を追いかけて捕まえるのではなく、魚の通り道に網を設置し、泳いできた魚を誘い込む漁法です。
小田原では江戸時代後期には定置網漁が行われていた記録があり、改良を重ねながら地域の主要な漁法になってきました。
相模湾の地形に合った漁法が発達したことが、地域の水産業を支えてきた。
実は、かつての小田原は「ブリの街」だった
ここからが、今回の調査で特に興味深かった部分です。
小田原といえばアジ。現在ではそうした印象が強いのですが、昔からアジが主役だったわけではありません。
小田原市の資料によると、大正時代から昭和初期、さらに昭和20年代後半から30年代初めにかけて、小田原はブリが大量に獲れる漁場として知られていました。
日本有数のブリ漁場だった時代があるのです。
しかし、その後、定置網で獲れる主要な魚種は、マアジ、ウマヅラハギ、マイワシ、サバなどへと移り変わっていきました。
なぜブリからアジへ変わったのでしょうか。
漁獲魚種の変化には、海洋環境や資源量、漁業の状況など、さまざまな要因が関係します。
小田原市の漁業者へのインタビューでは、ブリの稚魚を養殖用に漁獲する動きが、相模湾に来遊するブリに影響したという見方も紹介されています。ただし、それだけが原因だったと断定できるものではありません。
小田原の海で主役となる魚は、時代によって変わってきた。
そして、アジが小田原を代表する魚として親しまれるようになっていきました。
地域の名物というと、昔からずっと変わらず存在していたように感じることがあります。しかし実際には、自然環境や産業の変化の中で、その地域を代表する食材も変わっていくのです。
なぜ小田原のアジはおいしいのか――「根付きのアジ」の存在
小田原のアジを調べると、必ず登場する言葉があります。
「根付きのアジ」です。
アジは本来、群れで海を回遊する魚として知られています。
しかし相模湾には、伊豆から大磯にかけて餌の豊富な岩礁地帯があり、そこに居着いて生活するアジもいます。これが根付きのアジです。
神奈川県観光協会によると、根付きのアジは餌をよく食べて育ち、脂が乗り、旨味が豊かなことが特徴とされています。
小田原市も、春から初夏に脂が乗り、黄金色を帯びるマアジを紹介しています。
ただし、小田原で水揚げされるアジがすべて根付きというわけではありません。回遊しているアジも多く水揚げされています。
ここは区別しておきたいところです。
相模湾の豊かな漁場と、そこに暮らす魚の特徴が、小田原のアジのおいしさを支えている。
小田原のアジは、一年を通じて楽しめる
アジの旬は一般的に春から初夏といわれます。
小田原でもマアジは春から初夏に脂が乗りますが、季節によって違った味わいがあります。
さらに小田原では、マアジだけでなく、マルアジ、ムロアジ、メアジなども水揚げされています。
| 種類 | 小田原での特徴 |
|---|---|
| マアジ | 春から初夏に脂が乗る。刺身・たたき・フライなど |
| マルアジ | 秋から冬に脂が乗る。地元ではアオアジとも呼ばれる |
| ムロアジ | 秋から初冬に獲れるものは「アカゼ」と呼ばれることがある |
| メアジ | 秋から冬が旬。加熱調理でも楽しめる |
これは飲食店にとっても面白い特徴です。
単に「アジ料理」として一年中同じ商品を提供するだけでなく、魚種や季節によって食べ方を変えることができます。
同じアジという名前でも、季節によって違う楽しみ方がある。
アジのたたきは、小田原から全国へ広まった?
さらに調べていくと、面白い話に出会いました。
アジのたたきは、小田原が発祥という説があるのです。
小田原市が2013年の広報で紹介した話によると、昭和40年頃、相模湾でアジが豊漁だった時代に、東京・新宿から来た板前が船上で漁師料理のアジのたたきを食べ、そのおいしさに感動したといいます。
その板前が料亭のメニューとして提供したところ、評判となり全国へ広まった、という説です。
ただし、これは確定した発祥史ではありません。小田原に伝わる説の一つとして紹介されているものです。
それでも、興味深い話ではないでしょうか。
漁師が船の上で食べていた料理が、料理人の手によって店のメニューになり、さらに広い地域へ伝わっていく。
地域の人にとって当たり前の料理が、外から来た人にとっては新しい発見になる。
先に紹介した小田原おでんにも通じる話です。
アジの大きさによって、売り方も変えてきた
もう一つ、小田原の魚市場には興味深い特徴があります。
小田原市の資料によると、小田原漁港では水揚げされたアジを、その日の大きさに応じて「ジンダ(幼アジ)」「小アジ」「中アジ」「大アジ」「特大」などに分けて売買してきました。
それぞれに需要があり、小さいアジにも大きいアジにも価値を持たせるという考え方です。
小さい魚だから価値がない。大きくなければ商品にならない。そういうわけではありません。
小さなアジには、小さなアジに合った料理があります。大きなアジには、大きなアジに合った料理があります。
魚の大きさに合わせて使い方を変えることで、魚の価値を引き出してきた。
これも小田原の食文化を支える知恵の一つといえるでしょう。
漁港と飲食店が近いことも、小田原の強み
小田原漁港は、JR早川駅から徒歩数分の場所にあります。
漁港周辺には、地魚を提供する飲食店や水産加工品を販売する店が集まっています。
これは観光地としても重要な特徴です。
魚が水揚げされる場所があり、その近くで魚を買ったり、食べたりできる。
観光客は単にアジ料理を食べるだけでなく、漁港という場所も一緒に楽しめます。
小田原のアジは、魚そのもののおいしさに加えて、漁港や飲食店、地域の歴史と結びついています。
魚を食べることが、その土地を訪れる理由にもなっている。
ここに、観光地としての小田原の魅力があります。
なぜ小田原といえばアジなのか
ここまで調べてくると、その理由は一つではないことが分かります。
相模湾の急深な地形が、定置網漁業の発展につながった。
かつてブリで知られた漁場では、時代とともに主要な漁獲魚種が変わり、アジが存在感を増していった。
餌の豊富な岩礁地帯には、脂の乗った根付きのアジもいる。
そして漁師たちは、アジをたたきなどの料理で楽しみ、魚の大きさや季節に合わせた食べ方を育ててきました。
さらに、漁港周辺の飲食店がアジ料理を提供し、小田原を訪れる人たちにその魅力を伝えてきました。
小田原のアジ文化を育てたもの
相模湾の地形と豊かな漁場
↓
長い歴史を持つ定置網漁業
↓
アジの水揚げと漁師たちの食文化
↓
地元飲食店と観光客への広がり
つまり、小田原のアジは、単に魚がおいしいから名物になったのではありません。
自然の恵みを、漁業の技術と人々の食文化が地域の魅力へと育ててきた。
そう考えると、小田原とアジの関係が、これまでとは少し違って見えてきます。
小田原を訪れたときには、ぜひアジ料理を味わいながら、その背景にある相模湾の海や漁師たちの歴史にも思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
主な参考資料
