観光地の飲食店で、食事を終えたお客様をお見送りするとき。
「ありがとうございました」
もちろん、とても大切な言葉です。
でも、お客様との会話は、本当にそこで終わりでしょうか。
食事を楽しみ、満足したお客様だからこそ、会計のときに少し気持ちがほぐれ、自分たちの旅行について話してくれることがあります。
今回は、そんなレジでの何気ない会話から、観光地の接客について考えてみましょう。
食事を終えたお客様との、何気ない会話
箱根の飲食店で、食事を終えたご夫婦がレジへやってきました。
ホールスタッフ
ありがとうございました。
お客様
ごちそうさまでした。美味しかったです。
ホールスタッフ
ありがとうございます。今日は箱根にお泊まりですか?
お客様
そうなんです。
これから大涌谷へ行くつもりなんです。
ホールスタッフ
そうなんですね。
ちょっと、この後、天気が心配ですね。
お客様
やっぱりそうですか?
ホールスタッフ
少し雲が出てきましたからね。
行かれるなら、早めのほうがいいかもしれませんね。
お客様
じゃあ、先に行ってみます。
ありがとう。
今の接客、何が良かったと思う?
若手コンサルタント先生。
今の接客って、何がそんなに良かったんですか?
天気のことを教えてあげたことですか?



それもあるけど、私はもっと前から見たいな。
そもそも、どうしてお客様は、
「これから大涌谷へ行くつもりなんです」
って話してくれたんだろう?



食事が終わって、少し会話になったから?



そう。
それに、お客様が食事に満足していたことも大きいと思う。
最初に、
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
って言っているでしょう。



確かに。



食事に不満があって、
早く店を出たいと思っているお客様だったら、
わざわざこの後の予定まで話してくれないかもしれない。
満足してくれたから、気持ちが開いて、
自然な会話が生まれたんだと思う。
レジは、お金をいただくだけの場所ではない



でも、レジって忙しいですよね。
会計して、ありがとうございましたと言って、次のお客様へ。
どうしても、そうなります。



もちろん、忙しいときはそれでいいと思う。
でも私は、レジって面白い場所だと思っているんです。



面白い場所?



料理を食べ終わったお客様と、最後に話せる場所だから。
入店したときのお客様は、まだ料理を食べていない。
でもレジにいるお客様は、もう全部体験したあとでしょう?



料理も食べた。
接客も受けた。
店内で時間も過ごした。
そのうえでレジに立っている。



つまり、その店に対する気持ちが一番分かる場所でもある?



そうなんだ。
「美味しかったです」
「楽しかったです」
「また来ます」
そんな言葉が出ることもある。



だからレジは、単にお金をいただく場所ではなく、
食事を終えたお客様の気持ちが見える場所
でもあると思うんだよ。
「ありがとうございました」で会話を切っていないか?



でも、
「美味しかったです」
って言われたら、
「ありがとうございます」
って返しますよね。



もちろん。
それで十分なときもある。
ただ、お客様がもう少し話したそうだったら?



そこから会話してもいい。



そう。
例えば、
「今日はどちらからですか?」
「箱根にはお泊まりですか?」
なんて話になることもある。



そうすると、
「これから大涌谷へ行くんです」
という話が出てくるかもしれない。
そこで初めて、
「ちょっと、この後の天気が心配ですね」
という言葉が出てくる。



最初から天気の話をしようとしていたわけじゃないんですね。



そこが大事なんだよ。
「もう一言」をマニュアルにしない



だったら、
「ありがとうございました」のあとに、
「素敵なご旅行を」
って全員に言わせるようにしたらどうですか?



あ、それなら簡単ですね。



悪くはないよ。
「素敵なご旅行を」って、いい言葉だと思う。
でも、全員が全員、同じタイミングで
同じ言葉を言うようになったら、どうかな?



ちょっとマニュアルっぽくなりますね。



そうなんだ。
大切なのは、
「ありがとうございました」のあとに何か一言言うこと
ではないんだよ。
お客様との会話があって、
その会話の中から自然に次の一言が出てくること。



大涌谷へ行くなら、天気の話かもしれない。
これから芦ノ湖へ行くなら、
「今日は湖のほうも気持ち良さそうですね」
かもしれない。
これから帰る人なら、
「お気をつけてお帰りください」
かもしれない。



お客様によって違っていいんですね。



むしろ、違うほうが自然だよね。
良い「もう一言」は、お客様の話の中にある



じゃあスタッフは、何を覚えればいいんですか?



「この言葉を言いましょう」じゃなくて、
お客様の話をちゃんと聞くこと
じゃないかな。



聞くこと?



そう。
「これから大涌谷へ行く」
って言っているのに、
「素敵なご旅行を!」
だけで終わったら、ちょっともったいないでしょう?



確かに(笑)。



お客様は、会話の中でいろいろ教えてくれているんだよ。
どこから来たのか。
今日はどこへ行くのか。
何を楽しみにしているのか。
初めての旅行なのか。
何度も来ているのか。
そこをちゃんと聞いていれば、
その人に合った「もう一言」は自然に出てくる。
私はそう思う。
地域のことを知っていると、会話はもっと広がる



でも、大涌谷の天気とか観光地のことを知らなかったら、
何も言えないですよね。



そうなんだよ。
だから観光地の飲食店では、
スタッフが地域のことを少し知っていると強い。



料理の知識だけじゃなくて?



うん。
今日の天気。
近くの観光スポット。
季節の見どころ。
交通のこと。
全部詳しくなくていい。
でも、自分たちの店の周りに
何があるのかくらいは
知っておきたいよね。



そうすると、お客様との会話にも使える。



そう。
自分の店のことしか知らないスタッフより、
「この地域へ来てくれたお客様を迎えている」
という感覚を持っているスタッフのほうが、
観光地ではいい接客ができると思う。
店を出たあとも、お客様の旅は続いている



先生。
考えてみると、お客様は店を出たら終わりじゃないんですね。



そうなんだよ。
店側からすると、
会計が終わった。
お見送りした。
接客終了。
となりやすい。
でも、お客様からすると違う。
旅行はまだ続いている。
これから大涌谷へ行く。
芦ノ湖へ行く。
温泉へ行く。
ホテルへ戻る。



私たちの店は、その旅行の途中にあるだけなんですね。



そう。
だから最後の一言も、
「店からお客様を送り出す」
だけじゃなくて、
「お客様を次の旅へ送り出す」
という感覚があってもいいと思うんだ。
原島純一の視点
私は、観光地の飲食店で、
「ありがとうございました」のあとに、必ず何か一言付け加えましょう、
と言いたいわけではありません。
それでは、また新しい接客マニュアルが一つ増えるだけです。
大切なのは、その前にあります。
まず、お客様に満足していただける料理と時間を提供する。
満足していただけたからこそ、
「美味しかったです」
「今日は旅行で来たんです」
「これから○○へ行くんです」
と、お客様のほうから話してくださることがあります。
その言葉を聞く。
そして、
そのお客様に合った言葉を返す。
それが、
「この後、天気が心配ですね」
かもしれない。
「お気をつけて行ってきてください」
かもしれない。
「このあとも箱根を楽しんでください」
かもしれない。
言葉そのものは、何でもいいと思っています。
大切なのは、
お客様の話から生まれた言葉であること。
「ありがとうございました」は、お店にとっては接客の最後の言葉かもしれません。
でも、お客様の旅行は、そのあとも続いています。
だから私は、
お店から送り出すのではなく、次の旅へ送り出す。
そんな気持ちで最後の会話ができたら、とてもいい接客になると思っています。
観光地の接客とは、
お客様の旅をより良くすること。
そのための「もう一言」は、マニュアルの中ではなく、目の前のお客様との会話の中にあるのだと思います。
