観光地の飲食店では、地域の名物料理や地元食材を活かした商品づくりが重要です。
新しい名物料理を開発したり、高級食材を使った特別メニューを考えたりするお店もあります。
しかし、観光客に喜んでもらうためには、必ずしも新しい料理を開発する必要はないのかもしれません。
先日、三重県の鳥羽で、魚のアラを使ったスープを観光資源として活用するというニュースを目にしました。
この取り組みで面白いのは、魚のアラを使うこと自体ではありません。
地元の人たちにとって当たり前だった食べ方を、観光客が楽しめる体験として紹介しようとしていることです。
今回は、この取り組みから、観光地の飲食店が持つ食文化の価値について考えてみたいと思います。
漁村に伝わる「医者ごろし」という食文化
三重県鳥羽市の漁村には、「医者ごろし」と呼ばれる食習慣があります。
煮魚を食べ終えた後、残った骨や煮汁にお湯を注ぎ、魚の旨味を最後まで味わうというものです。
地元の人たちにとっては、昔から親しまれてきた食べ方の一つです。
今回、鳥羽商工会議所の観光部会は、この食文化に着目しました。
魚のアラを活用した「鳥羽スープ」として、観光客に地域の食文化を体験してもらう取り組みを進めています。
2026年10月の発表では、12月にモニターツアーを実施する計画が紹介されました。
漁港の見学や地域の食体験を組み合わせ、単に料理を食べるだけではなく、地域の暮らしや食文化を知ってもらう内容です。
私は、この考え方が非常に参考になると思いました。
魚のアラに価値があるのではなく、食べ方に価値がある
魚のアラというと、飲食店では出汁を取るために使ったり、アラ煮やアラ汁として提供したりすることがあります。
もちろん、食材を無駄にしないことは大切です。
しかし、今回の取り組みを単なる食品ロス削減の事例として考えてしまうのは、少しもったいない気がします。
注目したいのは、魚を最後まで味わうという地域の食文化です。
魚を食べ終えた後、骨や煮汁にお湯を注ぎ、残った旨味まで楽しむ。
その食べ方には、海とともに暮らしてきた地域の人たちの知恵が感じられます。
地元の人にとっては、特別なことではなかったのかもしれません。しかし、初めて訪れる観光客にとっては、知らなかった食文化に触れる体験になります。
観光資源になるのは、魚のアラそのものではなく、その土地で受け継がれてきた食べ方や暮らしの知恵なのです。
地元の当たり前は、観光客にとって特別な体験になる
観光地の飲食店を考えるとき、私は地元のお客様と観光客では、料理に求める価値が異なることがあると思っています。
地元のお客様にとっては、昔から食べ慣れている料理。家庭でも食べることがある料理。特別な説明をしなくても分かる料理。
こうしたものでも、観光客にとっては初めて出会う食文化かもしれません。
例えば、地域特有の魚の食べ方。季節によって変わる郷土料理。地元の人たちが昔から行ってきた調理方法。
こうしたものは、地元では当たり前すぎて、わざわざ説明されていないことがあります。
しかし、観光客はその土地の食文化を知りたいと思っているかもしれません。
大切なのは、地元の人たちが当たり前だと思っていることを、観光客の視点から見直してみることです。
料理を提供するだけでなく、体験として伝える
今回の取り組みでは、スープを飲んでもらうことだけが目的ではありません。
漁港の見学などを組み合わせ、地域の食文化を体験してもらう内容が計画されています。
ここに、観光地の飲食店が参考にできる考え方があります。
例えば、魚料理を提供する飲食店であれば、料理を運ぶ際に、その魚がどのような場所で獲れたのかを紹介する。
地元ではどのような食べ方をしてきたのかを説明する。
料理の最後に、出汁や煮汁の楽しみ方を伝える。
こうしたことによって、同じ料理でもお客様の感じる価値が変わるかもしれません。
もちろん、すべてのお客様が詳しい説明を求めているわけではありません。
しかし、興味を持ったお客様に、その土地ならではの食文化を伝えられることは、お店の魅力になると思います。
料理を食べてもらうだけでなく、その料理の背景にある物語まで楽しんでもらう。
これも、観光地の飲食店が提供できる価値の一つです。
新しい名物料理をつくらなくてもよい
観光地では、新しい名物料理をつくろうという取り組みが行われることがあります。
地域の食材を使った新商品。見た目に特徴のある料理。SNSで話題になるようなメニュー。
こうした商品開発も大切です。
しかし、私は新しいものをつくる前に、すでに地域にある食文化を見直してみることも必要だと思っています。
- 昔から食べられてきた料理
- 地域の家庭で受け継がれてきた味
- 地元の人だけが知っている食べ方
こうしたものの中に、観光客にとって魅力的なものが隠れているかもしれません。
新しい料理を開発するには、試作や原材料の調達、調理方法の確立など、さまざまな準備が必要です。
一方、すでにお店で提供している料理の背景を伝えるのであれば、大きな設備投資をせずに始められることもあります。
新しいものをつくることだけが商品開発ではありません。今あるものの価値を、違った形で伝えることも商品づくりなのです。
体験価値を売上につなげるには
今回の取り組みでは、先行した宿泊客へのアンケートで、満足度の向上につながると回答した人が9割を超えたと発表されています。
ただし、回答者は22人という小規模な調査です。
この数字だけで、今後の集客や売上への効果が確認されたわけではありません。
観光資源として継続的に活用していくためには、お客様の満足度だけでなく、実際の売上や利益も考える必要があります。
例えば、食文化を紹介するために特別な説明や調理工程が必要になるのであれば、そのための労働時間も考えなければなりません。
また、体験を有料商品にする場合には、価格に見合った価値を提供できるかも重要です。
観光客に喜ばれることと、事業として継続できること。この両方を考える必要があります。
原島純一の視点|お店の中に、まだ伝えていない価値はないか
私は、観光地の飲食店には、まだ十分に伝えられていない魅力がたくさんあると思っています。
長年受け継がれてきた料理。地域の生産者とのつながり。地元のお客様に親しまれてきた食べ方。
こうしたものは、経営者やスタッフにとって当たり前になっていることがあります。
しかし、初めて訪れる観光客にとっては、特別な価値を持つかもしれません。
私は、飲食店の経営改善を考えるとき、新しいことを始める前に、今ある経営資源を見直すことが大切だと思っています。
今回の魚のアラを使った取り組みも、その一つではないでしょうか。
魚のアラを新しい商品にしたということだけではありません。
地域に昔からあった食文化を、観光客に伝わる形に変えようとしているのです。
お店の中に、まだお客様に伝えていない価値はないでしょうか。
地元では当たり前の料理や食べ方でも、その背景を伝えることで、観光客の記憶に残る体験になるかもしれません。
新しい名物をつくる前に、まずは今ある料理や食文化を見直してみる。
今回のニュースは、そんなことを考えさせてくれる取り組みでした。
参考資料
鳥羽商工会議所観光部会「鳥羽スープモニターツアー」発表(2026年10月14日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000012.000096947.html/
