ここまでのシリーズでは、
#01 和牛とは何か
#02 但馬牛という源流
#03 但馬の牛が松阪牛になるまで
#04 近江牛・米沢牛・佐賀牛が、どう全国ブランドになったか
を見てきました。
そして第5話では、少し違う角度から考えたいと思います。
全国大会で高く評価された牛は、飛騨牛だけではありません。
それなのに、
「高山へ行ったら飛騨牛を食べたい」
というイメージは、かなり強い。
なぜなのでしょうか。
調べていくと、飛騨牛は単に「良い牛を作った」のではなく、
牛肉を「旅の目的」に変えたブランド
だったことが見えてきます。
「日本一」だけでは説明できない
飛騨牛のブランド形成には、1981年に兵庫県から導入された種雄牛「安福号」が大きく関わっています。
安福号の血統から高品質な牛が多く生まれ、1988年には飛騨牛銘柄推進協議会が設立されました。
その後、全国和牛能力共進会でも高い評価を受け、飛騨牛の知名度は大きく高まりました。
ここだけを見ると、
「全国大会で評価されたから有名になった」
ように見えます。
でも、それだけでは説明がつきません。
鹿児島や宮崎、島根なども全国大会で高い評価を受けています。
にもかかわらず、高山を訪れる旅行者にとって、
飛騨牛は「食べて帰りたいもの」として非常に強い。
ここが面白いところです。
高山の街を歩くと、何度も飛騨牛に出会う
高山の街を歩くと、飛騨牛を扱う店に何度も出会います。
しかも、食べ方が一つではありません。
ステーキ。
すき焼き。
しゃぶしゃぶ。
飛騨牛握り。
串焼き。
コロッケ。
ハンバーグ。
カレー。
精肉店の惣菜。
つまり旅行者は、旅の途中で何度も「飛騨牛」という名前に出会います。
これはかなり重要です。
一度広告を見ただけでは、人の記憶には残りにくい。
でも、
朝、町を歩いて看板を見る。
昼、握り寿司を食べる。
夕方、串焼きを見る。
夜、すき焼き店の前を通る。
土産店で飛騨牛商品を見る。
そうすると、
「高山=飛騨牛」
という連想が、どんどん強くなります。
飛騨牛は「高級料理」だけで終わらなかった
もし飛騨牛が、高級すき焼きや高級ステーキだけだったら、ここまで旅行者との接点は増えなかったかもしれません。
ところが高山では、飛騨牛がかなり幅広い価格帯・食べ方に展開されています。
つまり、
「特別な夜に食べる高級和牛」
だけではなく、
「歩きながらでも体験できる地域の味」
になった。
ここが飛騨牛の強さだと思います。
高級店でしっかり食べる。
食べ歩きで少し体験する。
土産として持ち帰る。
いろいろな形で飛騨牛に触れられるからこそ、旅行者の体験率も高くなります。
牛肉を「観光動線」に乗せた
観光地の名物は、味が良いだけでは十分ではありません。
旅行者が、
どこで知るか。
いつ見るか。
どこで食べるか。
どれくらいの価格で体験できるか。
これが大事です。
飛騨牛は、
高級店でしっかり食べる
だけでなく、
町歩きの途中でも食べられる。
この両方があります。
だから、旅行者の旅程の中に入りやすい。
「今日は予算がないから飛騨牛は食べられなかった」
で終わりにくいわけです。
「高山」という観光地自体が強かった
もう一つ大きいのは、飛騨牛単体ではなく、高山という強い観光地と結びついたことです。
古い町並。
朝市。
高山祭。
酒蔵。
町家。
そして食。
高山は、歩いて楽しむ観光地です。
その「歩いて楽しむ」という旅行スタイルと、飛騨牛の食べ歩き商品は相性がいい。
つまり飛騨牛は、
牛肉ブランドとして成功しただけではなく、
高山観光の行動パターンにうまく組み込まれた。
ここが他のブランド牛との大きな違いかもしれません。
ブランドは「評価」だけでなく「接触回数」で強くなる
全国大会で受賞する。
専門家に評価される。
もちろん重要です。
でも、それだけでは一般の旅行者の記憶には残りません。
飛騨牛が強いのは、
評価された事実を、旅行者が何度も見る形に変えたこと。
だと思います。
大会で評価される。
ブランド名を整える。
飲食店が使う。
食べ歩き商品になる。
観光サイトで紹介される。
町を歩けば看板が見える。
そして実際に食べる。
こうして、
「飛騨牛を知っている」
から、
「高山へ行ったら飛騨牛を食べたい」
へ変わっていく。
ブランドが観光商品になるとは、こういうことなのかもしれません。
「名物」は、街全体で作られる
観光地の飲食店を見ていると、
「うちだけで有名になろう」
と考えてしまうことがあります。
でも飛騨牛を見ると、少し違う気がします。
ステーキ店だけではない。
すき焼き店だけでもない。
精肉店。
食べ歩き。
土産。
観光案内。
いろいろな場所が同じ名前を繰り返し見せる。
だから旅行者の中に、
「この土地の名物だ」
という認識が生まれる。
一店舗の販促ではなく、
街全体で一つの商品を育てる。
飛騨牛は、その成功例に見えます。
「日本一」より、その後が大事だった
飛騨牛の歴史を見ていると、
全国大会で評価されたことは、もちろん大きな転機でした。
でも、
受賞したからブランドになった
のではなく、
受賞した価値を、観光客が体験できる形に変え続けたからブランドになった。
そう考えた方が、実態に近い気がします。
良い商品を作る。
評価される。
ここまでは、生産者の仕事かもしれません。
でもその先、
旅行者に知ってもらう。
何度も目にしてもらう。
実際に食べてもらう。
思い出として持ち帰ってもらう。
ここまでできて、初めて観光ブランドになる。
飛騨牛は、
「良い牛」から「旅の目的になる牛」へ変わった。
そこに、本当の強さがあるのだと思います。
そしてこれは、観光地の飲食店にとってもかなり大きなヒントです。
良い料理を作るだけでは足りない。
旅行者の旅程の中に、その料理をどう入れるか。
そこまで考えることが、名物づくりなのかもしれません。
参考資料・出典
- 飛騨牛銘柄推進協議会「飛騨牛について」
安福号、飛騨牛ブランドの形成、全国和牛能力共進会での評価について。 - 高山市「飛騨牛」
飛騨牛の歴史、安福号、生産者による改良とブランド形成について。 - 飛騨・高山観光コンベンション協会「食べる」
高山市内で飛騨牛を提供する飲食店や多様な食べ方について。
※本記事は2026年10月時点で確認できる生産団体・自治体・観光公式サイト等の情報をもとに作成しています。
