長く続いてきたお店だからこそ、変えなければならないことがあります。
創業以来、大切にしてきた料理やサービス、お客様との関係。こうしたものは、老舗にとってかけがえのない財産です。
しかし、昔と同じ商品を、昔と同じ方法で販売していれば、これからもお客様に選ばれ続けるのでしょうか。
先日、四国の観光地にある老舗宿泊施設が、後継者を募集しているというニュースを目にしました。
このニュースをきっかけに、私は事業承継だけでなく、時代の変化に合わせて商売のあり方を変えていくことの大切さを改めて考えました。
観光地の老舗宿泊施設が後継者を募集
四国のある観光地で、長年営業してきた宿泊施設が後継者を募集しています。
海を望む美しい景観に恵まれ、かつては団体旅行客や巡礼の旅人など、多くのお客様に親しまれてきた施設です。
長い歴史の中で施設の移転や増築を行い、地域の観光需要に応えてきました。
現在は営業を休止しており、事業を引き継ぐ人を探しているとのことです。
もちろん、休業に至った事情はさまざまでしょう。公表されている情報だけで、その原因を判断することはできません。
長年続いてきた事業を、これからも同じ形で続けることが、本当に最善なのだろうか。
これは宿泊施設だけでなく、老舗飲食店にも共通する問題だと思います。
かつての成功が、これからの成功を保証するわけではない
かつて、団体旅行が盛んだった時代には、一度に多くのお客様を受け入れられることが、宿泊施設の大きな強みでした。
観光バスで訪れる団体客を迎え、大広間で食事を提供し、多くの客室を効率よく販売する。そうした営業形態が、当時の市場に合っていた宿も多かったはずです。
しかし、時代は変わりました。
現在は、個人旅行や夫婦旅行、少人数のグループ旅行など、旅行のスタイルが多様化しています。
宿泊施設に求めるものも、単に泊まる場所があることだけではありません。食事の内容、客室の快適さ、地域ならではの体験、過ごす時間の質など、旅行者が重視する価値も変わっています。
もちろん、団体旅行の需要がなくなったわけではありません。大切なのは、昔の需要が今も存在するのか、どの程度あるのかを確かめることです。
かつての成功を支えていた条件が変われば、成功するための方法も変わる。
これは、どのような商売にも共通することではないでしょうか。
時代が変われば、お客様が求める価値も変わる
飲食店でも、同じことが起きています。
例えば、以前は大人数の宴会で賑わっていた飲食店。大きな宴会場を持ち、数十人単位の予約を受け入れることで売上を伸ばしてきたお店もあります。
しかし、宴会の利用人数や開催頻度、料理に求める内容が変われば、同じ宴会場を持っているだけでは、以前の売上を維持することが難しくなります。
また、昔から地元の家族連れに親しまれてきた飲食店でも、地域の人口減少や高齢化、家族構成の変化によって、来店するお客様の数や利用目的が変わっていきます。
以前は日曜日の家族外食が中心だったお店が、今では平日の少人数利用や観光客の食事需要を取り込む必要があるかもしれません。
ここで重要なのは、お客様が減ったことだけを見るのではなく、お客様の生活や行動がどう変わったのかを考えることです。
売上が減ったから広告を増やす。客数が減ったから値引きをする。
それだけでは、根本的な解決にならないことがあります。
そもそも、現在のお客様が求めているものと、お店が提供しているものが合っているのか。そこまで戻って考える必要があるのです。
昔の営業形態を、そのまま続ける必要はない
例えば、大人数の団体客を受け入れることを前提につくられた宿泊施設があったとします。
客室数が多く、大広間もあり、団体向けの食事を一度に提供できる厨房を備えています。
かつては、それが大きな競争力だったかもしれません。しかし、現在のお客様が少人数での宿泊を中心に利用するのであれば、施設の使い方を見直す必要があります。
- 需要に合わせて使用する客室を絞る
- 大広間の使い方を見直す
- 地元食材を使った食事を充実させる
- 地域ならではの体験を宿泊商品に組み込む
こうした方法も考えられます。
ただし、客室の改装や高付加価値化には投資が必要です。
建物の維持管理費、清掃に必要な労働時間、料理を提供するための人員、宿泊単価と稼働率。こうした数字を確認しないまま、安易に施設を改装することも避けなければなりません。
施設の規模に合わせてお客様を集めるのではなく、これからのお客様の需要に合わせて施設の使い方を考える。
これは飲食店でも同じです。
昔からある宴会場をどう活用するか。広い客席をどのように使うか。今のお客様に合ったメニューや営業時間になっているか。
すでに持っている経営資源を、今の市場に合わせて使い直すことも、立派な経営改善なのです。
老舗が守るべきものと、変えるべきもの
老舗の経営改善や事業承継を考えるとき、私は「何を残し、何を変えるのか」という視点が非常に重要だと思っています。
守るべきもの
- 長年親しまれてきた料理の味
- 地域のお客様との信頼関係
- 創業以来大切にしてきた接客の考え方
- その土地ならではの景観や歴史
こうしたものは、簡単に手に入れることのできない経営資源です。
変えることを考えるべきもの
- 営業時間や営業日
- メニュー構成や商品内容
- 客席や施設の使い方
- 価格設定や販売方法
- 予約方法や情報発信
これらは、時代に合わせて見直すことができます。むしろ、見直さなければならないこともあります。
昔から続けていることと、これからも続けるべきことは、必ずしも同じではありません。
長年続けてきた営業方法には、それなりの理由があったはずです。
しかし、その理由となっていた市場環境が変わっているのであれば、営業方法も変える必要があります。
伝統を守ることと、変化を拒むことは違うのです。
事業承継は、過去の経営をそのまま引き継ぐことではない
事業承継というと、後継者を見つけることや、株式・資産を引き継ぐことに目が向きがちです。
もちろん、それらも大切です。しかし、後継者が決まれば、それだけで事業が続くわけではありません。
仮に、以前と同じ売上が見込めない営業形態をそのまま引き継いだとしたら、後継者は厳しい経営を迫られることになります。
さらに、老朽化した設備の更新や人材の確保など、新たな負担が発生することも考えられます。
だからこそ、事業を引き継ぐ前に、現在の事業の収益力と、今後の市場環境をしっかりと分析する必要があります。
過去の売上だけでなく、現在のお客様の利用動向や、将来の需要も考える。
必要であれば、事業の規模を縮小することも選択肢になります。
反対に、新しい利用目的をつくることで、これまでとは違った成長の可能性が見えてくるかもしれません。
事業承継は、過去の経営を再現することではなく、次の時代に通用する経営をつくる機会でもあるのです。
原島純一の視点|変わらないために、変わり続ける
飲食店の現場で長く仕事をしていると、過去の成功体験が新しい取り組みを妨げてしまう場面に出会うことがあります。
「昔はこれで売れていた」
「うちのお客様は、こういうものを求めている」
「先代からずっと、このやり方でやってきた」
こうした言葉を聞くことがあります。
もちろん、長年の経験から生まれた考え方には、尊重すべきものがたくさんあります。
しかし、そこで一度考えてみたいのです。
昔のお客様と、今のお客様は本当に同じなのでしょうか。
人口も変わり、生活スタイルも変わり、旅行の仕方も変わっています。
それなのに、お店の営業方法だけが何十年も変わっていなければ、お客様の需要との間にずれが生まれても不思議ではありません。
私は、老舗だからこそ、時代の変化に敏感であるべきだと考えています。
守るべきなのは、昔と同じ営業方法ではありません。
- お客様に喜んでいただくこと
- 地域から必要とされること
- 事業として利益を残し、次の世代につないでいくこと
そのために必要であれば、商品も、価格も、営業時間も、営業形態も変えていけばよいのです。
今回のニュースを見て、改めてそんなことを考えました。
長年の歴史や地域に根づいた魅力は、これからも大切な財産です。しかし、それだけで経営が成り立つとは限りません。
本当に伝統を守りたいのであれば、時代の変化に合わせて、商売の形を変えていくことも必要なのではないでしょうか。
変えてはいけないものを守るために、変えるべきものは変えていく。
それが、老舗の事業を次の世代につないでいくために、欠かせない考え方だと思います。
参考資料
BATONZ「【土佐清水市】夕日が映える足摺岬の宿!」(2026年10月9日公開)
https://batonz.jp/learn/20078/
