第1回では、3つの品種を掛け合わせる三元豚の仕組みを紹介しました。第2回では鹿児島黒豚、第3回ではTOKYO X、第4回では地域の名産品を飼料に利用したブランド豚を取り上げました。
ここまで調べてくると、一つの疑問が生まれます。日本で広く生産される三元豚はランドレース、大ヨークシャー、デュロックという3品種を組み合わせたものです。
それなのに、精肉売場や飲食店のメニューにはさまざまな銘柄豚が並んでいます。同じ三元豚なのに、なぜ味も価格も違うのでしょうか。
その答えは、品種の名前だけでは分からない、生産者の工夫にあります。今回は品種改良、飼育方法、肉質、品質管理の視点から掘り下げます。
1. 同じデュロックでも、実は同じ豚ではない
三元豚の代表的な組み合わせは、ランドレース(L)と大ヨークシャー(W)から生まれた母豚に、デュロック(D)の雄を掛け合わせるLWDです。
同じデュロック種でも、どの系統を使うかによって肉質や発育に違いが生まれます。同じ品種の中でも、発育、筋肉量、脂肪交雑、肉質など、重視する能力によって選抜・改良が行われてきました。
つまり、3品種の名前が同じでも、どの系統を使うかで豚肉の特徴は変わります。
2. 茨城県「常陸の輝き」――父豚の改良から生まれたブランド
代表例が茨城県の銘柄豚「常陸(ひたち)の輝き」です。茨城県の養豚関係者が協力し、肉質に特徴のあるブランド豚を開発しました。
中心となったのは、茨城県畜産センターが約7年かけて開発したデュロック種の系統豚「ローズD-1」です。筋肉内脂肪を重視して選抜された父豚を、ランドレースと大ヨークシャーの交雑母豚に掛け合わせます。
基本的なLWDの仕組みは変わりませんが、父豚の系統を工夫することで、肉質に特徴を持たせました。麦類を含む専用飼料や飼育基準も組み合わせ、2018年に販売が始まりました。
茨城県は、柔らかく、旨味や香りの良い肉質を特徴として紹介しています。三元豚の違いは、品種名だけでなく、その中の系統選びから始まっているのです。
3. 育て方をそろえることで、ブランドの品質を守る
「常陸の輝き」では、専用飼料だけでなく、生産・流通のマニュアルや枝肉規格を設けています。
なぜそこまで決めるのでしょうか。ブランド豚に大切なのは、一度だけおいしい肉ができることではなく、いつ買っても期待した品質を味わえることです。
飼料の配合や与える時期、健康管理、出荷条件などをそろえ、品質のばらつきを小さくする。茨城県は、飼育マニュアルや枝肉規格によって品質の安定化を図っていると説明しています。
飲食店も同じです。次に来ても同じように満足できる安心感が、店の信頼になります。ブランドの価値は、品質を作る技術と、守り続ける仕組みの両方から生まれます。
4. 山形県「米澤豚一番育ち」――同じ三元豚でも、違う個性を目指す
もう一つのLWD三元交配の事例が、山形県の「米澤豚一番育ち」です。生産者のピックファーム室岡では、ランドレースと大ヨークシャーの交雑母豚にデュロックを交配しています。
ピックファーム室岡は、肉の柔らかさ、脂の旨味、さっぱりした味わいを特徴として紹介しています。また、飼料のビタミンEを強化し、肉の酸化を抑えて品質を保つ工夫をしています。
生産者の説明では、飼料中のビタミンEを通常の約3倍に強化し、肉中では通常の豚肉の約2.5倍のビタミンEを含むとしています。
茨城では父豚の系統改良と専用飼料、山形では飼料設計や飼育管理。同じLWDでも、生産者の目指す品質と工夫によって異なる銘柄豚が生まれています。
5. なぜ、肥育期間や出荷時期も大切なのか
豚肉の品質を考えるとき、品種や飼料だけでなく、いつ出荷するかも重要です。成長につれて筋肉や脂肪の付き方が変わるため、生産者は体重や枝肉の状態を見ながら出荷時期を判断します。
長く育てれば必ずおいしくなるわけではありません。目指す肉質に合わせた出荷条件が大切です。
健康状態や飼育環境も品質に関係します。日々の管理を積み重ねることも、ブランドを支える技術なのです。
6. 同じ三元豚でも、何を大切にするかで違いが生まれる
ここまでの内容を比較すると、同じ3品種でも目指す肉質や飼育方法は違うことが分かります。
生産者が自分たちの豚肉に合った方法を考えてきたことが、日本に多くの銘柄豚が存在する理由の一つです。三元豚は完成された一つの商品ではなく、独自の品質を作る土台でもあります。
| 比較項目 | 常陸の輝き(茨城) | 米澤豚一番育ち(山形) |
|---|---|---|
| 交配 | LWD | LWD |
| 特徴的な取り組み | ローズD-1を父豚に利用 | 飼料のビタミンE強化など |
| 肉質の特徴 | 柔らかさ・旨味・香り | 柔らかさ・脂の旨味 |
| 品質への取り組み | 専用飼料・枝肉規格・飼育基準 | 飼料設計・飼育管理 |
| ブランドの個性 | 品種改良と品質管理 | 肉質と品質保持への工夫 |
7. 飲食店は、銘柄豚の何を伝えればよいのか
飲食店のメニューに「三元豚使用」と書くだけでは、少しもったいないように感じます。三元豚という言葉は品種の組み合わせの説明ですが、お客様が知りたいのは、どんな味や食感なのか、なぜその豚肉を使っているのか、ということではないでしょうか。
常陸の輝きなら柔らかさや旨味、香り。米澤豚一番育ちなら脂の旨味や柔らかな食感。生産者が大切にしている特徴を、料理の魅力として伝えられます。
さらに、その豚肉を選んだ料理人の考え方も価値になります。「三元豚だからおいしい」ではなく、「この豚肉だから、この料理がおいしい」。
観光地の飲食店であれば、その土地で育てられた銘柄豚を提供することも、旅先ならではの食体験につながります。
8. ブランド豚の価値は、目指す品質を作り続けること
第1回で紹介した三元豚は、3品種の長所を組み合わせる合理的な生産方法でした。しかし同じ三元豚でも、父豚の系統、飼料、飼育環境、出荷条件、品質基準などにさまざまな工夫があります。
こうした取り組みが重なることで、銘柄ごとの個性が育っていきます。同じ三元豚でも、同じ豚肉にはならない。それは生産者が目指す品質も、そこへ至る工夫も違うからです。
その個性を飲食店が料理として表現し、お客様に伝える。そこまでつながって初めて、銘柄豚の価値が食べる人にも届くのだと思います。
次回予告|日本の豚肉は、なぜブランドで選ばれるのか
次回はいよいよ最終回です。三元豚、鹿児島黒豚、TOKYO X、そして地域の農産物を飼料に利用した銘柄豚。これまで紹介した豚肉を振り返りながら、和牛との違いも考えます。
飲食店が豚肉の価値をどう伝えれば、お客様の「食べてみたい」につながるのか。「日本の豚肉、その価値の秘密。」全6回のまとめとして考えます。
主な参考資料
