長く続いている店には、うまく説明できない魅力があります。
「なんか、この店が好き。」
「ここに来ると、なんか落ち着く。」
料理がおいしいだけでも、接客がいいだけでも説明できない。
この言葉にできない「なんか」は、どこから生まれるのでしょうか。
なぜ老舗のブランドは「目に見えないところ」にあるのか?
ブランドという言葉を聞くと、
ロゴ。
店名。
看板。
パッケージ。
内装。
デザイン。
そんなものを思い浮かべる人もいるかもしれません。
もちろん、それらもブランドを伝える大切な要素です。
でも私は、
ブランドの本質は、目に見えるものだけではない
と思っています。
特に、何十年も続いてきた老舗では、
ブランドはもっと曖昧で、
もっと説明しにくいところに存在しているのではないでしょうか。
例えば、お客様が、
「なんか、この店が好きなんだよな。」
と感じる。
私は、その「なんか」の中に、
老舗が何十年もかけて築いてきたブランドがあると思っています。
バッグは、物を運ぶだけならエコバッグで十分
ブランドについて考えるとき、バッグを例にすると分かりやすいと思います。
バッグの機能とは何でしょうか。
極端に言えば、
物を入れて、持ち運ぶこと
です。
それだけなら、数百円のエコバッグでも十分に役割を果たします。
では、なぜ人は何万円、何十万円もするブランドバッグを買うのでしょうか。
丈夫だから。
たくさん入るから。
軽いから。
もちろん、品質や機能性も大切です。
でも、それだけでは説明できません。
そのブランドの世界観が好き。
そのバッグを持っていると、少し気分が上がる。
そのバッグを持っている自分が好き。
そこには、
「物を運ぶ」という機能を超えた価値があります。
私は、
その感情こそがブランドの大切な部分
だと思っています。
飲食店も、お腹を満たすだけなら選択肢はいくらでもある
では、飲食店はどうでしょうか。
飲食店の基本的な機能を極端に言えば、
お腹を満たすこと
です。
それだけなら、
もっと安く食べる方法もあります。
もっと早く食べる方法もあります。
もっと便利に済ませる方法もあります。
それでも人は、
「あの店へ行きたい。」
と思います。
なぜでしょうか。
私は、そこにブランドがあると思っています。
料理がおいしい。
接客がいい。
店内がきれい。
歴史がある。
もちろん、どれも大切です。
でも、お客様が店を好きになる理由は、
それだけでは説明できないことがあります。
「なんか、この店が好き」
例えば、
「いつ行っても、なんか優しくしてくれる。」
「なんとも言えない、この雰囲気が好き。」
「この店に流れている空気感が好き。」
「なんか安心する。」
「この世界観が好き。」
「なんか、この味が好きなんだよな。」
「ここに来て、これを食べているとホッとする。」
お客様は、
なぜその店が好きなのかを、すべて分析しているわけではありません。
むしろ、
うまく説明できないことのほうが多い
のではないでしょうか。
料理。
接客。
店内。
スタッフ。
音。
匂い。
器。
歴史。
お客様との距離感。
それらを一つひとつ分けて感じているわけではない。
全部が混ざり合って、
「なんか、この店が好き。」
という感情になる。
私は、
この「なんか」がブランドなのではないか
と思っています。
ブランドは、高級店だけのものではない
ここは、とても大切です。
ブランドというと、
高級店。
有名店。
高価格帯のお店。
そんなイメージを持つことがあります。
でも私は、
ブランドと高級感は別のもの
だと思っています。
例えば、町の中華料理店。
仕事帰りに一人で入る。
いつもの席に座る。
いつもの料理を頼む。
誰かに格好よく見せる必要もない。
特別な振る舞いをする必要もない。
そこで感じている価値は、
高揚感ではないかもしれません。
むしろ、
「ここでは肩肘を張らなくていい。」
「ありのままの自分でいられる。」
「この店なら、自分をそのまま受け止めてくれる。」
という安心感かもしれません。
それだって、
立派なブランドです。
定食屋にも、ブランドはある
町の定食屋も同じです。
疲れている日に、
「あそこの生姜焼きを食べよう。」
と思う。
いつもの味噌汁を飲む。
いつもの味を食べる。
すると、
「なんか、落ち着く。」
と思う。
料理の機能だけを考えれば、
他にも選択肢はいくらでもあります。
でも、
その店で、
その料理を食べることでしか得られない感情がある。
それが、
その店がお客様に提供している価値なのだと思います。
つまり、
ブランドは、
お客様を高揚させるものだけではありません。
安心させる。
落ち着かせる。
自分らしくいさせる。
懐かしい気持ちにさせる。
癒す。
そうした感情も、ブランドになります。
その店で「どんな自分になれるか」
ここまで考えると、
ブランドにはもう一つ面白い側面があります。
それは、
その商品や店を利用することで、どんな自分になれるのか
ということです。
ブランドバッグを持つ。
少し気分が上がる。
少し誇らしい自分になれる。
老舗の日本料理店で家族のお祝いをする。
「家族の大切な時間をきちんと過ごせた。」
と思える。
旅先の老舗で食事をする。
「この土地をちゃんと旅している。」
と感じられる。
いつもの町中華へ行く。
何者かになろうとしなくていい。
いつもの自分に戻れる。
同じブランドでも、
お客様にもたらす感情はまったく違います。
だから私は、
ブランドとは、その店でお客様がどんな気持ちになれるのか、どんな自分でいられるのか
まで含めたものだと思っています。
ブランドは、店の中に置いてあるものではない
では、ブランドはどこにあるのでしょうか。
私は、
ブランドは店の中に置いてあるものではない
と思っています。
看板の中にあるわけでもない。
ロゴの中にあるわけでもない。
建物の中にあるわけでもない。
料理そのものの中だけにあるわけでもない。
それらをお客様が体験する。
そして、
「この店は安心する。」
「ここへ来ると落ち着く。」
「この世界観が好き。」
「また来たい。」
という感情が生まれる。
つまり、
ブランドは、お客様の心の中につくられていくもの
なのではないでしょうか。
無形資産は店に蓄積され、ブランドはお客様の心に蓄積される
前の記事で、
老舗にはたくさんの無形資産があるという話をしました。
長年の接客文化。
料理の技術。
スタッフの知恵。
仕入先との関係。
地域との信用。
お客様との関係。
店の習慣。
歴史。
こうしたものは、
店側に蓄積されている無形資産
です。
そして、その無形資産が、
料理。
接客。
空間。
サービス。
お客様との会話。
店で過ごす時間。
としてお客様へ届く。
その結果、お客様の心の中に、
「なんか、この店が好き。」
という感情が積み重なっていく。
私は、この関係を、
無形資産は、店の中に蓄積される。
ブランドは、お客様の心の中に蓄積される。
と考えています。
老舗には、何十年分もの「お客様の記憶」がある
新しい店には、新しい店の魅力があります。
でも老舗には、
新しい店がお金を出しても買えないものがあります。
それは、
時間です。
親に連れてきてもらった。
家族のお祝いで使った。
仕事を始めた頃から通っている。
旅行に来るたびに立ち寄っている。
大切な人と食事をした。
そうした記憶が、
お客様の中に積み重なっています。
そして店へ来ると、
料理だけではなく、
その記憶まで一緒に思い出す
ことがあります。
だから、
「この味を食べると落ち着く。」
「ここへ来ると安心する。」
となる。
老舗のブランドには、
何十年分ものお客様の記憶
まで含まれているのだと思います。
だから、ブランドは簡単にはつくれない
ロゴは変えられます。
ホームページもつくれます。
店内も改装できます。
新しいコンセプトも考えられます。
でも、
「なんか、この店が好き。」
という感情は、
デザインを変えただけではつくれません。
毎日の料理。
毎日の接客。
毎日の気遣い。
毎日の約束。
そうしたものを積み重ねて、
少しずつお客様の中につくられていく。
だから、
老舗には強いブランドが眠っている可能性があります。
本人たちが気づいていないだけで、
すでに何十年もかけてブランドをつくっていることがあるのです。
事業承継で怖いのは、「なんか」が消えること
だから私は、
老舗の事業承継で怖いのは、
建物が変わることでも、
メニューが変わることでもないと思っています。
店名は同じ。
料理もある。
建物もきれいになった。
サービスも効率化した。
それなのに、昔からのお客様が、
「なんか、前と違うんだよな。」
と感じる。
これが怖い。
お客様自身も、
何が変わったのか説明できないかもしれません。
でも、
長い年月をかけてつくられてきた、
「なんか、この店が好き。」
という感覚が薄れている。
それは、
ブランドが少しずつ失われているということかもしれません。
だから「何がブランドなのか」を知ってから変える
もちろん、
老舗だから何も変えてはいけない、
という話ではありません。
時代は変わります。
お客様も変わります。
働く人も変わります。
だから、
やり方は変えていい。
店も変えていい。
メニューも変えていい。
でも、その前に、
「お客様は、この店の何に心を満たされてきたのだろう。」
と考えてほしいと思っています。
高揚感なのか。
安心感なのか。
懐かしさなのか。
その土地を感じることなのか。
ありのままの自分でいられることなのか。
その感情を理解したうえで変える。
そうすれば、
形を変えながら、
ブランドを次の時代へつなぐことができます。
原島純一の視点
バッグは、
物を運ぶだけならエコバッグでも十分です。
飲食店も、
お腹を満たすだけなら、選択肢はいくらでもあります。
それでも、
「あの店がいい。」
と思う。
私は、
そこにブランドがあると思っています。
高級店なら、
少し特別な自分になれるのかもしれません。
町中華なら、
何者にもならなくていい自分に戻れるのかもしれません。
老舗なら、
「ここなら大丈夫。」
という安心感なのかもしれません。
その答えは、店によって違います。
でも共通しているのは、
料理やサービスの機能だけでは説明できない感情が、お客様の中にあることです。
「なんか、この店が好き。」
「ここに来ると、なんか落ち着く。」
「なんか、この味が好きなんだよな。」
この、
言葉では説明しきれない「なんか」
を、何十年もかけてつくってきたもの。
私は、
それが老舗のブランドなのだと思っています。
無形資産は、店の中に蓄積される。
ブランドは、お客様の心の中に蓄積される。
だから事業承継では、
目に見えるものだけを残しても足りません。
お客様の心の中にある「なんか、この店が好き。」を、次の時代へつないでいく。
そのために、
何を残し、
何を変えるのかを考える。
ブランドとは、
店が一方的につくるものではありません。
店が長い年月をかけて積み重ねてきた営みと、お客様の体験や記憶が重なり合って生まれるもの。
私は、そう考えています。
