事業承継というと、店名や建物、料理、レシピなど、目に見えるものを「どう残すか」に目が向きがちです。
しかし、何十年も続いてきた店には、目には見えないけれど、お客様がその店を選び続けてきた理由があります。
何を残し、何を変えるのか。
そして、次の世代へ本当に引き継ぐべきものは何なのか。
長く続いてきた店だからこそ持っている「価値」から、事業承継について考えてみます。
事業承継で、本当に残すべきものは何か?
事業承継というと、
店名を残す。
建物を残す。
昔からの料理を残す。
レシピを引き継ぐ。
そうしたことを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、どれも大切です。
しかし私は、
事業承継で本当に残すべきものは、目に見えるものだけではない
と考えています。
長く続いてきた店には、
決算書にも、
資産台帳にも、
メニューにも載っていない、
たくさんの価値が蓄積されています。
それは、
長い年月をかけて築いてきた「無形資産」です。
そして私は、
その無形資産の積み重ねこそが、その店のブランドをつくっている
と思っています。
目に見えるものは、引き継ぎやすい
事業承継では、目に見えるものは比較的分かりやすく引き継ぐことができます。
店舗。
設備。
屋号。
看板。
レシピ。
メニュー。
器。
取引先の一覧。
これらは、
「残す。」
と決めれば、残すことができます。
でも、何十年も続いてきた店には、それだけでは説明できないものがあります。
なぜ、この店には何十年も通い続けているお客様がいるのか。
なぜ、「大切な日はこの店で」と選ばれるのか。
なぜ、地域の人から信頼されているのか。
なぜ、お客様が子どもや孫まで連れてきてくれるのか。
その答えは、
目に見えるものだけでは説明できないことがあります。
老舗ほど、目に見えないところに価値が蓄積されている
例えば、
長年通ってくださっているお客様との信頼関係。
地域での信用。
仕入先との長い付き合い。
お客様の好みを覚えていること。
季節ごとに花を替える習慣。
料理に季節のあしらいを添えること。
祝い事や法事での細かな気遣い。
帰り際に店の外までお客様を見送ること。
こうしたものには、値札がついていません。
決算書にも載りません。
でも、
それを何十年も積み重ねることでしか生まれない価値があります。
新しい厨房設備なら、お金を出せば買うことができます。
店内も、お金をかければ改装できます。
新しいメニューも開発できます。
しかし、
30年かけて築いたお客様との信頼を、30日でつくることはできません。
だから私は、
老舗ほど、
目に見えないところに大きな資産を持っている
と考えています。
「いつものこと」の中に、無形資産がある
難しいのは、
店側自身が、その価値に気づいていないことです。
「昔からやっていますから。」
「うちでは普通ですよ。」
「特別なことではありません。」
そんな言葉を聞くことがあります。
でも、その「普通」が、
お客様にとっては、
「この店らしさ」
になっていることがあります。
いつもの挨拶。
いつもの器。
いつもの料理。
いつもの花。
いつものスタッフ。
いつもの気遣い。
一つひとつは小さなことです。
でも、それらが積み重なることで、
お客様は、
「やっぱり、この店はいいね。」
と感じます。
つまり、
自分たちにとっての「当たり前」の中に、無形資産が隠れている
ことがあるのです。
ブランドは、ロゴやデザインだけではない
ブランドというと、
店名。
ロゴ。
看板。
内装。
ホームページ。
パッケージ。
などを思い浮かべることがあります。
もちろん、それらもブランドを伝える大切な要素です。
でも私は、老舗のブランドはもっと深いところにあると思っています。
毎日きちんとお客様を迎える。
料理を丁寧につくる。
約束を守る。
地域との関係を大切にする。
お客様を覚えている。
季節を大切にする。
そうした小さな行動を、
10年。
20年。
30年。
と積み重ねる。
その結果、
「この店なら大丈夫。」
という信用が生まれます。
私は、
その積み重ねこそがブランド
なのだと思います。
形が残っていても、ブランドは失われることがある
だから事業承継では、
目に見えるものを残しただけで安心してはいけません。
屋号は残っている。
建物も残っている。
料理名も残っている。
看板も同じ。
でも、
お客様との接し方が変わった。
昔からの仕入先との関係がなくなった。
季節の花を飾らなくなった。
料理の小さなあしらいをやめた。
常連客への気遣いがなくなった。
少しずつ、
「この店らしさ」が消えていく。
すると、
形は残っているのに、ブランドは失われていく
ことがあります。
これは、事業承継でとても怖いことだと思っています。
ベテランスタッフの中にも、無形資産が蓄積されている
そして、もう一つ忘れてはいけないものがあります。
人です。
例えば、30年働いている番頭さんがいたとします。
その人は、
どのお客様が先代の頃から通っているのかを知っている。
この家族は法事のときに、いつもどの部屋を使うのかを知っている。
このお客様は何が好きなのかを知っている。
この仕入先とは、どういう付き合いをしてきたのかを知っている。
先代が何を大切にしていたのかも知っている。
なぜ、この店ではこのやり方を続けてきたのかも知っている。
でも、その多くは、
マニュアルには書かれていません。
その人の中にあります。
つまり、
一人のベテランスタッフの中に、何十年分もの店の歴史が蓄積されている
ことがあるのです。
ベテランスタッフを「残す」ことが目的ではない
だからといって、
ベテランスタッフには、いつまでも働いてもらえばいい。
という話でもありません。
人は年齢を重ねます。
いつかは仕事を離れるときが来ます。
大切なのは、
その人を残すことではなく、その人が持っている価値を店に残すこと
です。
常連のお客様を後継者に紹介してもらう。
昔からの取引先との関係をつないでもらう。
若いスタッフへ、お客様への気遣いを伝えてもらう。
冠婚葬祭での細かな対応を教えてもらう。
「なぜ、この店ではこうしてきたのか。」
を話してもらう。
つまり、
ベテランスタッフにも、
事業承継の役割を担ってもらう。
のです。
最後まで貢献してもらいながら、次の世代へつなぐ
私は、
事業承継だからといって、
ある日突然、
「これからは若い世代でやります。」
と切り替える必要はないと思っています。
反対に、
「昔からいる人だから。」
という理由だけで、いつまでも同じ仕事をしてもらう必要もありません。
少しずつ、
お客様との関係を渡す。
取引先との関係を渡す。
仕事の知恵を渡す。
店の歴史を渡す。
そして役割を少しずつ次の世代へ移していく。
その過程で、
ベテランスタッフにも最後まで店に貢献してもらう。
そして、
「あなたがいたから、この店の大切なものを次の世代へ残すことができました。」
という形で卒業してもらう。
私は、それも大切な事業承継だと思っています。
残すべきなのは「形」ではなく、その奥にある価値
ここまで考えると、
「昔からやってきたことは、全部残しましょう。」
という話ではないことが分かります。
例えば、
長年、手書きの挨拶状を送ってきた店があるとします。
守るべきなのは、
「手書きで書くこと」
なのでしょうか。
もしかすると、その奥にある、
「お客様とのつながりを大切にすること」
なのかもしれません。
それなら、時代に合わせて方法を変えてもいい。
昔からの接客も同じです。
昔とまったく同じやり方を続けることではなく、
「お客様を大切にする。」
という価値を残す。
料理も、
盛り付けを一切変えないことではなく、
季節を感じてもらう。
その土地を感じてもらう。
丁寧に迎えられていると感じてもらう。
という価値を残す。
つまり、
残すべきなのは「昔の形」ではありません。
その形によって、お客様に届けてきた価値です。
価値を残すために、やり方は変えていい
そして、ここが事業承継でとても大切です。
価値を残すことと、何も変えないことは違います。
時代が変われば、
予約方法は変わる。
情報発信も変わる。
働き方も変わる。
オペレーションも変わる。
お客様も変わる。
だから、
やり方は変えていい。
むしろ、
価値を守るために、やり方を変えなければならないことがあります。
何を残すのか。
何を変えるのか。
その判断基準になるのが、
「この店がお客様に届けてきた価値は何か。」
なのだと思います。
事業承継とは、無形資産を次の世代へ渡すこと
事業承継では、
株式を引き継ぐ。
店舗を引き継ぐ。
設備を引き継ぐ。
屋号を引き継ぐ。
そうした手続きも必要です。
でも、それだけでは、
その店そのものを引き継いだことにはならない
と私は思っています。
お客様との信頼。
地域からの信用。
仕入先との関係。
スタッフに蓄積された知恵。
店の習慣。
おもてなしの文化。
何十年も積み重ねてきた店の記憶。
そうした、
目に見えない価値まで次の世代へ渡していく。
それが、事業承継なのではないでしょうか。
原島純一の視点
私は、事業承継で本当に怖いのは、
建物が変わることでも、
メニューが変わることでもないと思っています。
その店が長い年月をかけて築いてきた価値を、価値だと気づかないまま失ってしまうことです。
屋号は残っている。
建物も残っている。
料理も残っている。
それでも、
「昔とは何か違う。」
とお客様に感じられてしまうことがあります。
その「何か」の中に、
目には見えない無形資産があります。
お客様との信頼。
地域との関係。
ベテランスタッフの中に蓄積された店の記憶。
長年続けてきた小さな気遣い。
そうしたものが積み重なって、
「この店らしさ」
が生まれます。
そして私は、
その「この店らしさ」の積み重ねこそが、ブランド
なのだと思っています。
だから、
事業承継で本当に残すべきものは、
目に見える「形」だけではありません。
長い年月をかけて積み重ねてきた無形資産です。
その価値を見つける。
次の世代へ残す。
そして、その価値を守るために、やり方を変える。
事業承継とは、過去をそのまま残すことではありません。
その店が築いてきたブランドを、次の時代へつなぐことです。
私は、そう考えています。
